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第一の盾 「所謂、起承転結の起」


「ティフル、お前は一族の面汚しだ、とっとと消えろ」


実父にそう告げられ、家を追い出されたのは4日も前の事である。父の召使い達に遠く深い森の奥に運ばれ、捨てられた僕はただ茫然と森を彷徨っていた。殆ど家の中だけで育った僕には行く宛も無いし、そもそも、この深い森を抜けれそうな気配もない。


僕の細身気味だった身体は更に痩せこけ、今にも膝から崩れそうだった。心身共に既に限界が近く、意識は朦朧としていた。そんな状態の僕はフラフラと歩き、そして木の根に足をかけて派手に転けた。


「......ぅう...はぁっはぁっ......」


もう嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。お母さん、お母さんに会いたい。お母さんの所に行きたい。それでもう全て、終わりにしたい。




「ティフル......。ティフル......」



頭からずっと離れない母の言葉が、頭の中で永遠にループしている。優しく微笑む母の、細く色白い手で僕の頭を撫でてくれた感触を思い出す。



「ティフル、強くなりなさい。何もかも守れるように。誰のためでもない、あなた自身のために。大丈夫、きっと.......」



それは弱い僕が唯一、守りたかった人の最後の言葉。弱い僕が守れなかった最後の笑顔。僕はこの約束だけは、これだけは破る訳にはいかない。



「...ぅぅぅぅ......うぅぅ......」


転けた僕はそのまま地面に伏せて、泣いた。まるでこの世の全てを恨むかのように、無けなしの力を振り絞り、弱々しく何度も地面を叩いた。いつの間にかポツポツと雨が降り始めた。


辺りは既に暗くなり始めようとしていた。大粒の涙と、地面に拳を叩きつける音を掻き消すように雨が激しくなった。


雨の中、朦朧としている意識の狭間で、まるで走馬灯のように今までの記憶を思い出していた。その記憶の中に楽しかった記憶なんて、母との会話ぐらいだ。



「ゆる...せ...ない......まけて...たまるか......」




僕は心の底から許せなかった。

病弱な母を放ったらかしにして、自分の思うがままに、好き勝手していた父が。

そんな父に従うだけの、心の冷たい周りの人間達が。




そして脆弱で何も無い、自分自身が。



震える腕で身体を支え、僕はゆっくりと立つ。一歩歩く度に、ズキズキと頭痛が響く。目眩や吐き気が止まらない。それでも1歩、1歩ずつ前に進んだ。全ては無念に死んで行った母を想って。


ふらつきながらも、歩いていくと暫く進んだ先に少し大きい洞窟が見えた。ティフルは1度そこで雨宿りを兼ねて休憩する事にした。何せここ数日、ロクな物を口にしていないし、休んでもいない。


洞窟の奥に丁度良い窪みがあったので、ゆっくりと腰を掛けた。疲れていた僕はうずくまってそのまま眠りについた。






物心付いた時から僕は大きな屋敷に住んでいた。父が有名な剣士で裕福な貴族だった。母はそこに嫁いで僕が生まれたという訳だ。


こう聞くと何とも幸せな人生を送っているように聞こえると思う。しかし実際の生活はそんな甘いものでは無かった。


一夫多妻制が認められているこの国ならではの話だが、僕の母、ディアン・ルナムーンは父の4番目の妻だ。そして僕は男五人兄弟の末っ子として生まれた。


かつて父が母の種族の住む村を助けたことによって二人は出会ったというのを、父に以前聞いたことがある。

しかし、母にその事を聞くと苦笑いして誤魔化す素振りを見せた。その後は決まって悲しげな表情を見せた。だから僕もその話を両親の前ではしなくなったが、心の中では今でも疑っている。


父は僕を含む、生まれた子供達を息子として扱わなく、一流の剣士として育てようとした。2、3歳から既に剣の使いこなし方を教え、才能の無い子供には酷く罰を与えた。恐怖政治のように働いていた親子関係は到底、親子とは呼べない関係だったと思う。


僕は剣の才能がまるっきりだった。見た目も他の兄弟と比べて女々しく、身体も大きくはならなかった。剣の技術がある兄弟達とは天と地の格差があった。そんな僕に父は、心底失望した目を向け、何年か前からは躾という名の虐待を受けていた。


それでも僕は母が居たからどんな苦痛にも耐えれた。たとえ殴られ過ぎて数日間意識が飛び、全身骨折しても。たとえご飯3食が水と雑草だったとしても。たとえ剣で斬られ背中に大きな傷が残ろうとも。


しかし、母は五日前病気で亡くなった。病気で苦しんでいる間、父は本当に無関心だった。病気女に興味は無いと吐き捨て、毎晩豪遊していた。母を医者に診せてくれと頼んでも聞く耳を持つことは無かった。僕だけの看病じゃ到底足りず、母は静かに息を引き取った。母の最期を僕は絶対に、絶対に忘れない。


母が亡くなると待ってたかのように、1日経たず僕を捨てた。僕は抵抗する気力も無く、遠く森の奥へ捨てられ、既に4日が経っていた。


このまま生き延びれるとは到底思えないけど、自ら命を絶つことは絶対にしないと決めていた。母との約束は果たせないかもしれない。

でも、それがせめてもの、僕の世の中への抵抗だった。








疲れて眠っていた僕は荒い息遣いで目を覚ました。大型のクマのような魔物がこちらを見つめていた。背中の毛は逆立ち、口からは涎が溢れ、そのまま地面に垂れ流している。こいつは僕を狙っていると容易に分かった。


「グルルル............」


「...僕を食う気か?」


色々な感情が入り交じって僕は殆ど、自暴自棄になっていた。その事を自分で自覚していたが、止められるものでは無かった。


「グガァァァァァァァアア!!!!!!」


クマ型の魔物は僕の方へ一直線に走ってくる。その迫力はとても畏怖すべき姿だった。


「来い!僕を食ってみろ!!」


洞窟の中は対して広いわけじゃない、入口から僕までの距離は10数メートル。クマ型の魔物はすぐに僕との距離を詰めた。


その太い右腕は、指先に持つ鋭利な爪で僕を引っ掻こうと素早く振り下ろされた。僕はそれを瞬きせず全て見ていた。



ギュィイイン......!!!!

爪は僕の目の前まで来た、かと思うと凄まじい音を立てて魔物の右腕を弾いた。その刹那、僕は視界が、世界がとても眩しく見えた。その瞬間だけ、光が差した気がした。


「ゴガァァァッ!!!!!!」


不意なカウンターを食らった魔物は右腕を後方に払われ、その反動で少し右によろけた。


「なんだ...これ......僕が...?」




ザザザザザザザザザザッッッ!!!!!!!

突如魔物の後ろから聞こえてくる剣を振る音。高速で放つその剣技は音だけで僕を圧倒した。魔物は硬直した後、ドスン、という音と共に思い切り横に倒れた。


何が起きたか分からない内に、その魔物との命のやり取りは終了した。






「大丈夫......ですか?」





可愛らしい声に僕が顔を見上げるとそこには、僕と同い年くらいの黒髪の少女が立っていた。







それが後の『剣姫』サクハ・ミツルギとの、最初の出会いだった。



ご拝読ありがとうございます。

一話投稿で様子を見て、評価・感想等で人気が出そうなら続編もどんどんと投下していく予定です。

宜しくお願い致します。

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