まさかまさかの異世界転移 ①
目が覚めると、自分が見たこともない場所にいた。
その上、自分の目の前に見知らぬ少女が立って、自分を見つめているのだ。
辺りは黒一色。殺風景なだけ。
何も存在しない、無そのものと言っても良い程の環境である。
そして、目の前の少女は青い髪をしていて、ファンタジー物によくいる魔法使いのような服装をしているのだ。
こんな見た目の少女はゲームやアニメでしか見たことがない。それくらい非現実的な見た目である。、
そして現実離れしているのは見た目だけじゃない、少女はとても人間とは思えないような神秘的な雰囲気を醸し出している。
しかも自分を見つめている、行動まで謎だ。
「どういうことだよ……」
訳がわからない。
ここが何処なのか、目の前の少女は誰なのか、なぜ自分がここに居るのか……。
何もかもが意味不明で、状況が飲み込めない。
状況を理解しようと辺りを見回しても、景色は黒一色、状況の理解に役に立つ物は全く存在しない。
もちろん自分がここにいる理由なんて物は全くわからない。
こうなると自分にやれることは一つしかない、目の前の少女に話しかけることだ。
見るからに怪しい見た目をしている彼女なら何か知っているに違いない。というか知らないと困る。
「ここは……何処なんですか?」
自分は恐る恐る少女に話しかけた。
自分の予想だと、
「ここは死後の世界です」
みたいな発言が返ってくると思ったのだが、少女の口から出てきた発言は予想外の内容だった。
「ここはあなたの世界と別の世界を繋ぐ場所」
「あなたにはこれから別の世界に行って、魔王を討伐する使命がある」
別世界? 使命? 何が何だか全くわからない。
あまりにも現実離れしている。
まるでゲームやアニメの世界の様だ。
とりあえず別世界やら使命やらについて聞いてみるしかない。
「別世界とか使命って言ってましたけど、何のことかさっぱりなんですが」
自分がそう言うと、少女は自分に別世界や使命について長々と話し始めた。
少女が言うには、ここは神が管理するあらゆる世界を行き来する為の駅のような物で、基本的には神以外立ち入ることができない。
少女は神の一人で、ここを管理している者らしい。
異世界はわかりやすく言うと剣と魔法の世界で、魔王が率いる魔族軍の攻撃によって異世界の人間は長年苦しめられているという。
異世界には魔王を倒す程の力がある人間は誰もおらず、かといって神が直接干渉することもできない。
そこで、世界を管理している神が異世界の住民ではない人間に異世界で悪逆非道の限りを尽くす魔王を倒させることにした。
それが自分。
しかも、魔王は一人ではなく複数いて、全部倒す必要がある。つまり複数の軍勢が人間を苦しめていることになる。
話を簡潔にまとめると、神は直接手を下せないからお前が代わりに魔王を全部倒せ、ということである。
こんなトンデモファンタジーを誰が信じるのか、と言いたい所だが、今の自分はそれを信じざる得ない状況に置かれている。
だが、その使命を受け入れるかどうかとなれば話は別だ。
自分は何の力も無いただの人間、そんなことできるはずがないのは自分でも理解している。
神ならなおさら理解しているはずだ。
何の力も無いただの人間にこんなことをやらせることの無意味さを。
もちろん自分は拒否する。というか今の自分と同じ状況で拒否しない奴がいるのだろうか。
「自分にそのような使命を果たすことはできません。魔王討伐とやらは他の人にでも頼んでください。それに、自分は元の世界に戻りたいのです。何故自分がやらなければならないのですか?」
元の世界に戻りたい。
これだけははっきりとしていた。
元の世界に戻れなければ、今まで自分が経験してきた娯楽なんかが二度と経験できなくなる。ゲームだってインターネットだって、元の世界に戻れなければ二度とその存在すら見ることができなくなる。現代人の自分にとって致命傷である。
でも、そんなことよりももっと大事なことがある。
急に自分が消えたら、どれだけ自分が平凡な存在でもただ事では済まないということだ。
しかも理由が魔王討伐なんて馬鹿馬鹿しい物である。
行方不明になんてなったら両親や友達、いやそれだけじゃない、学校や近所の人たち、そして警察にも多大な迷惑をかけてしまうだろう。
特に両親。自分は一人っ子である以上、一人息子である自分が急に消えたら両親がどれだけ悲しむことか。そして両親は一生その悲しみを背負って生きていかなければならなくなる。
そうだ、自分には自分のことを待っている人たちがいる。彼らに迷惑をかけない為、自分には絶対に元の世界に帰らなければならない義務がある。
こんな使命とやらなんかやってられるか。
そういった意思を込め、はっきりとした声で自分はそう言ったが、これに対する少女の回答は意外な物だった。
「ふーん、でもこの使命を果たさないと元の世界には帰れないわよ」
自分の希望が一瞬の内に砕かれた。
「それに、あなたが魔王を討伐しなければならないのは私を含めた神々が決定したことなの、あなたに拒否権なんてないわ」
「あなたにある選択肢は二つ、魔王を全部討伐して元の世界に帰るか、転移先の世界で死ぬまで暮らすか」
少女は続けて話した。
これでは逃げ道が塞がれたようなものだ。
やらなければ自分は絶対に元の世界には戻れない、だがもし仮にやってたとしても戻れる確率は非常に低い。
どちらも地獄、だが後者だけは絶対にごめんだ。
でも、自分には元の世界に帰る義務がある。元の世界に帰ることのできる可能性が少しでもある方を選ばなければならない。
だが倒す対象は魔王、おそらく自分が到底かなう相手ではないだろう。
しかし、魔王を倒さなければ元の世界には戻れない、倒さなければ自分は多くの人間に迷惑をかけることになる。
自分には帰る場所がある、絶対にやるしかない。
僅かでも帰ることのできる可能性があるのなら、自分はそれに賭けるしかない。
こうなれば背水の陣だ。
「やります」
自分が少女にそう伝えると少女は一瞬だけニヤリと笑いを浮かべた後、
「了解。でも少しだけ話しておきたいことがあるの」
と言った。
何のことだ? と思いつつ話を聞いていると、
「あなたの能力についてよ」
とんでもない発言が飛んできたのである。
自分にファンタジー世界に出てくる能力なんてあるはずが無いし、これから身に付けることも無いと思っていたからだ。
「まずは”ステータスオープン“と言ってみて。そうすればあなたの能力が見えるわ」
何処かで聞いたことのある単語だと思いつつも、
「ステータスオープン!」
一応少女に従ってみると……
……何も起きなかった。
流石に異世界でもそんな都合の良い物は存在しなかったのだ。
「今のは冗談よ。人間がそんな簡単にステータスなんて見れる訳ないじゃない」
この状況で冗談を言われても困るのだが。
「さて、ここから本当のことを話すわ」
「今のあなたは何の力もないただの凡人、この状態だと魔王どころかそこらの魔物にも一方的にやられてしまう」
ごもっともである。
「そこで、あなたにはこれから行く世界でもまともにやっていける為に一つスキルを与えるわ」
少女も流石に今のままの自分に魔王を倒させる気は無いようだ。
そこだけは安心した。
ただ、そのスキルとやらが何なのかが気になるので、
「そのスキルってどんな物なんですか?」
と一応聞いてみた。
「強力なスキルである、ラーニングスキルよ。」
RPGに時々出てくる類のスキルである。
「ラーニングは対象の共通スキルを自分がコピーして使えるようにする固有スキル。異世界でも保有している人はまずいない希少なスキルよ」
固有スキル? 共通スキル? その辺については何も説明されていないぞ。
「固有スキルと共通スキル? 何のことだがさっぱりわからないです」
「それについて説明するけど、固有スキルは保有者のみが先天的に保有しているスキル。生まれ持った才能みたいな物で、他者が後から身につけることは不可能よ」
「それに対して共通スキルは後天的に身につけることができるスキル。ある一定の条件を満たせば誰でも使えるわ。例えるならば職人の技術とかその辺よ」
「それと、固有スキルと共通スキルを見分けることは基本的にはできないわ。そこは相手をよく観察して判断すること」
「ちなみに、あなたは私がスキルを与えなければ、固有スキルどころか共通スキルすら保有していないという状況で戦うことになったわ。私に感謝するように」
貰ったスキルは割と使えそうなスキルである。
ただ、共通スキルしかコピーできないという点と、自分で固有スキルと共通スキルを見分けることが出来ないという点が多少気になるが。
それより"感謝するように"って何だよ。そもそも魔王討伐の使命とやらが半強制的にやらされる様な物なのだが。
まあそこはいいか。
「後もう一つ、あなたの使命をサポートする仲間を紹介するわ。出ておいで」
仲間?
今まで一人でやるのかと思ってた。
一人旅じゃなかったことを知り安心する自分だったが、そこに現れたのは衝撃的な物だった。
小さなゼリー状の生物である。
サイズは自分の掌より多少大きい程度で、色は緑色。
とても頼りになるとは思えない見た目をしているが、一番衝撃的だったのは……
「なんだコイツは……、弱そうじゃねーか! もっと使えそうな奴呼んでこいよ!」
ゼリー状の生物から放たれたこの発言である。
そっくりそのままコイツに返してやりたい発言をしていたので同じ言葉を返そうと思ったが、少女に怒られそうなのでやめておくとする。
「この子はスライ、あなたの使命をサポートしてくれる仲間よ」
どこが仲間なのか。
初対面でいきなり自分に暴言を吐いているというのに。
「ちょっと口が悪いところがあるけど、頼りになるときは本当に頼りになるわよ」
本当に頼りになるのか?
頼りになるビジョンが全く見えない。
コイツが何ができるのか聞いてみよう……と思った矢先に、
「他にも言いたいことが山ほどあるんだけど、説明すると長くなるからも行って貰うわ」
この発言である。
こっちはまだ聞きたいことが山ほどあるのだが。
「それじゃ……、 いってらっしゃい!」
少女がそう言うと、突然自分の視界が真っ白になり、何も見えなくなった。
それから時間も経たない内に自分の意識も遠のいていった……