新たな道〜改元に寄せて〜
2019年——平成31年、4月30日。
夜の海辺の道を、1組の男女が歩いている。雨が降っているため、後ろから見ると2色の傘が歩いているようにも見えた。
女性の名は平野礼子といい、男性の名は和田法成といった。
世間は改元が近付き、お祝いモードになっていたのだが、2人は「平成最後だからといって、何が変わるわけでもないのだから」と、静かなところ——海で会い、そして、そのあとは礼子の家でいつも通り過ごそうと決めていた。
2人の手はしっかりと恋人繋ぎで繋がれている——つまり、2人は付き合っているのである。
ぶるり、と礼子がひとつ身震いをした。
「寒いね」
「ならこれ、着なよ。俺、暑いから」
差し出されるジャンパー。見てみると、法成は厚着をし過ぎていた。なるほど、それは暑いわけだ。
「ありがとう」
礼子は礼を言って、ジャンパーを羽織る。
2人は歩き続ける。雨の降る、暗い夜空の下。
「——ねえ」
「なんだよ」
「もうすぐ、平成が終わるね」
「そうだなあ」
どうしても、2人の話題はそれになってしまう。
理由は単純。
——今日が、平成最後の日だから。
「次の元号は——」
「——令和。Rが頭文字だってね」
「そうそう」
私、てっきりLが頭文字だと思ってたのに、と拗ねたように続けた礼子に、法成は思わず笑った。
傘と地面と、そして雨とが奏でる音楽の中で、2人は語らう。
「——あ」
「なんだよ」
「ねぇ、平成最後に、何がしたい?」
いたずらっ子ぽく笑う礼子。
「そうだなぁ……」
そう呟いた法成は、ふと、立ち止まる。
「——お前と一緒に、平成が令和になる時まで、いや、ずっとずっと。一緒に歩いていたい。同じ道を」
そう言って法成が取り出したのは、四角い箱。
法成はそれを、礼子に差し出した。
礼子は震える手でそれを受け取り、開く。
——銀色の、美しい指輪だった。
「なあんだ、私と同じじゃん。
——いいよ。いつまでも一緒にいる。
令和は、新たな道を、一緒に切り開く時代にしよう」
なんともないように答えようとしたのに、礼子の声は震えた。寒いはずなのにほおが赤くなったのには、気付かなかったらしかった。
銀色の指輪の内側には、よく見ると、こう刻まれていた。
『 H → R 』
2人が入籍したのは『令和元年5月1日』になります。
法成と礼子の2人が、新たな時代とともに歩み始めることができればと願うばかりです。
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