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星空会議室

作者: 橋本

一筋の光が空を駆け下りていった。思っていた流れ星よりもずっと綺麗だった。それに、今日はこれで五つ目だ。今まで流れ星を見たことがなかった分、寒空の下で私の胸は密かに踊っていた。誰かにこの感動を伝えたかったが、今はもう午前二時だ。とりあえず、流星群が今日の夜見頃であることを教えてくれた真実に、携帯でメッセージを送った。

こうしてベランダで星を眺めるようになったのは今に始まったことではない。星の名前や星座などのことは一切わからないが、一人暮らしを始めてから、ベランダで星をぼうっと見ることが習慣になった。

星を見ているときは、良くも悪くも全てのことを忘れられる。大学の課題のこと、人間関係のこと、今後のこと。だから、自分が好きなことを好きなだけ考えていられるのだ。

最近私が考えているのは「私の生きる意味」だ。

生きていること自体に意味があると言われればそれまでだが、私が知りたいのはそういうことではない。

最近私は、何ごとにも執着できなくなってきた。過去に出会った人、今周りで起きていること、趣味、勉強のこと、将来のこと…。とにかく全てのことに価値を感じられなくなってしまったのだ。だから、何かを積極的にやろうとすることもなく、ただ毎日を惰性で生きている。

こんな私に生きている意味があるのだろうか。最近はそのことばかりを考えてしまう。

べつに死にたいわけではない。ただ単純に、この生に意味を感じないのだ。私は何故生きているのか。これから何を求めて生きていくのか。

こんなことを誰かに言ったら笑われるだろうか。気が触れたと思われるかもしれないし、いわゆる「中二病」だと言われるかもしれない。

「聞いてみるか…。」

私は自分に言い聞かせるように呟いた。誰かの考えを聞くことが、自分の生きる意味を見つける糸口になるかもしれない。

誰にどう思われても構わない。私は私の生きる意味を探すことにした。


「真実はさ、なんで生きてるの?」

「急にどうしたの。私、環に何かしたっけ…。」

講義室で昼食を食べているときに唐突に聞いたが、どうやら意味が正しく伝わっていない。

それよりも、急に慌てる真実の姿に笑ってしまった。

「何もしてないよ。そういうことじゃなくて、真実は何を生き甲斐にしてるのかなあって思っただけ。」

「あんたまた何か難しいこと考えてるね。」

大抵、ベランダで星を見ながら考えたことは真実にも意見を聞く。だから、真実はある意味慣れっこだ。

「なんのために生きてるか、ねえ…。なんだろう。やっぱり夢を叶えるため?」

真実は私と同じ教育学部で、中学校の国語教師を目指している。それならば、私も教師を目指せば良いのではないかということになるが、それはまた別の話だ。

「なるほど。真実っぽい。」

真実らしい答えにまた笑ってしまった。彼女は、わかりやすくて、単純で、真っ直ぐな性格だ。抜けたところはあるが、彼女ほど芯がある人を、私は他に知らない。

「つまらなくて悪かったわね。三島環さん。」

「ごめんってば。そういう意味で笑ったんじゃないの。」

それでも笑いながら、拗ねる真実の肩を揺する。

真実は夢のために生きていると言った。私の夢は…。分からない。教師になりたいとは昔から思っていたが、実習を繰り返す度に、教師に向いてない気がしてならないように思えた。それに、やはり今は将来のことを考えられない。

夢を持たない人間が生きていく意味はあるのか。

こうして、また一つ疑問が増えた。



ベランダで星を眺めながら、新たな疑問に思考を巡らせる。

「夢を持たない人間が生きていく意味はあるのか」

この問は、恐らく「私の生きる意味」に関わってくる。

私の考えでは、夢がないからと言って、生きる意味もないとは言えない。裏を返せば、人が生きていく意味は、他のところにもあるということだ。

ただ、私の場合、その意味を探しているところなので、本当に生きる意味があるかは分からない。

ここまで考えて、私は瞼を閉じる。

結局、私は私自身の生きる意味を見つけなければ始まらない。そして、多分それは、今の段階では夢を追いかけることではない。

やはり、真実に意見を聞いて良かった。少しだけだが、話が前に進んだような気がする。

一区切りついたところで、ベランダから部屋へ戻り、ベッドに腰掛けた。次は誰に聞こうか考えていると、急に瞼が重くなってきた。

明日も進展があることを願い、部屋の明かりを消す。


今日は朝から雪が降った。今年は暖冬らしく、例年に比べて雪が降る回数が少ない。久々の雪が、私の肩に舞い落ちる。

コートに着いた雪を払い、講義棟に入る。前の時間の講義がまだ終わっていなかったので、廊下で音楽を聴きながら待つことにした。

壁に寄りかかりながら自分の靴を見て、そろそろ替え時だと思い始めたとき、誰かが私の前に止まった。

「や。」

気の抜けるような声であいさつをしたのは、同じコースを選択している野中陽太だった。

「おはよう。」

私もあいさつを返したが、この人と話すのは、実はあまり得意ではなかった。

「今日も可愛いね環ちゃん。」

こういうところが私は好きになれない。思ってもないことをペラペラと口にし、その言葉には重みがない。

彼の言葉を無視し、再び私の世界に戻ろうとイヤホンをつけると、彼は慌ててまた私に声を掛ける。

「うそうそうそ。ごめん、冗談だってば。きついなあ相変わらず。」

「何か用があるの?」

「いや、特に。」

早く講義が終わらないだろうか。一刻も早くこの場から立ち去りたい。

朝からとんだ災難だと思いながら、ふと思い立つ。この人からならどう思われても構わないし、迷惑をかけても何とも思わない。

「ねえ、野中くん。」

「はい。なんでしょう。」

「野中くんはなんのために生きてるの?」

「女の子の裸を見るためです。」

答えがあまりに低俗だったので、聞こえなかったふりをしてその場を離れようとする。

「待って。つっこみ待ちだった。申し訳ありませんでした。」

今度は少し申し訳なさそうに言う。

「どうしてそんなこと聞くのさ。」

「別に。聞きたかっただけ。もういいよ。」

「すみませんでした。答えさせてください。」

私とは全く違うタイプの人間の考えを聞くのも悪くないと思い直すことにした。

「俺はなんのために生きてるとか考えてないよ。ただ、今というときを楽しんで生きてる。」

思ったよりもまともな答えが返ってきた。彼らしいというべきだろうか。私だったらたどり着けなかった答えだろう。

「なるほど。ありがとう。」

「どういたしまして。環ちゃんはどうなのよ。」

「教えない。」

「あれ、教えられないようなことなの?」

下品な笑みを浮かべる彼を今度こそ振り切り、講義室へ入っていった。



相変わらずつまらない講義だ。教育学部生を教える教員の講義がつまらないのはどうなのかと思う。

先程聞いた彼の答えは、なかなか面白いと思う。彼自身はどうしようもないが、聞いた価値はあった。

今を楽しんで生きるとは、いかにも彼らしい考え方だった。それもまた正しいのだと思う。過去は変えられないし未来はどうなるか分からない。それならば、ひたすら今を楽しむことは理にかなっていると言える。

ただ、私の考え方と彼の考え方は真反対に位置する。彼はなんのために生きているかは考えないといったが、私はその逆だ。私はなんのために生きているかを考えて生きている。というよりも、考えずにはいられない。

どちらが正しいということはないのだと思う。だからこそ、彼の考え方は当てにならない。根本的に考え方が違うのだ。

聞いておいてこの言い草は少し申し訳なくなったので、心の中で彼に謝っておいた。


雪は夜まで続いた。さすがに星も見えないので、今日はこたつで本を読みながら考えることにした。

結局、「私の生きる意味」は分からないままだ。講義の後も何人かに聞いたが、生きてること自体に意味があるとか、そもそもそんなことは考えたこともないといったような声ばかりだった。

思わずため息が出る。私が考えすぎなのだろうか。私からしたら、自分の生きる意味を気にしないほうがどうかしている。

机に突っ伏していると、携帯が鳴った。体勢を変えないまま通話ボタンを押す。

「はい。」

「もしもし、環ちゃん。元気にしてるかな?」

「…どうしたの。」

「またまた照れちゃって。愛しのお姉ちゃんが電話してあげてるのに。」

今月で姉からの電話は四回目だ。

姉はいつまで経っても私を子ども扱いする。年は四歳しか違わないが、私が低身長なのに対して姉は何故か背が高い。小さい私が可愛くてたまらないらしい。

「私は今悩んでるの。そんな元気ないから。」

「あら、どうしたの?男?」

私の姉なのに何故ここまで似ていないのか。姉は好きだがそれだけは永遠に謎のままだ。

「違うよ。私は今、人生について考えてるの。」

「また難しいことを考えてるのね。」

「ねえ、お姉ちゃんは何のために生きてる?」

なるほど、と言い、姉が黙り込む。

珍しく姉が真面目に考えているので期待していると、姉は深呼吸して話し始めた。

「環ちゃん、生きていること自体に意味があるんだよ。」

拍子抜けだった。よりにもよって一番聞きたくない答えが返ってきた。

「つまんな。」

「こらっ、お姉ちゃんにそんなこと言わないの。」

この手の答えはもう聞き飽きた。生きていること自体に意味があるのなら、私はこんなに悩んでいない。それに、ただ能天気に生きるだけの人生に、一体何の意味があるのだろうか。

「でもさ、環ちゃん。生きたくても生きられない人は、きっと生きること自体に意味を感じていると思うよ。」

姉の言葉に虚をつかれた。

確かにその通りだ。私が生きていること自体に意味を感じていないのは、きっと明日も生きていると思っているからだ。

明日死ぬと分かったとき、それでも私は「ただ生きることに意味はない」と言えるのだろうか。

「でもそれは、私が生きている意味を求めることには関係ない。」

少し意地を張って言い返す。

「確かにね。ただ、生きること自体にも意味はあると思うよ。それでも環ちゃんが生きている意味が欲しいなら、生きていく中で探していけばいいじゃん。」

「生きていく中で探す…。」

「そう、生きていく意味を探すために生きていくのよ。」

「何かきつねに化かされた気分…。」

「それに、意味なんか後から付いてくるものなんだから。」

「そういうものかなあ。」

その後もぽつぽつと会話を続け、姉がお風呂に入るのを機に電話を切った。 姉は中身がないように見えて、ときどきあのようなことを言う。それに、大抵そういうときの姉の言葉は私を惑わす。

思い返してみれば、私が色々な人に「生きている意味」聞き回っていたのは、まさに「生きている意味を探す」行為だったと言える。

でも、私はそれをすることで生きている意味を実感できない。

でも、姉は、意味は後から付いてくるものだと言った。

では、私が生きている意味を見つけられたら、私の生きている意味はなくなるのだろうか。いや、生きている意味を見つけられたら、それは今後生きていく意味になっていく…。

「お姉ちゃんの馬鹿!」

私は部屋の中で一人叫ぶ。

姉のせいで余計に話がややこしくなってしまった。

気分転換のためにベランダに出る。先程まで降っていた雪が止んでいた。西の空を見ると、小さな光が点滅しているのが見える。

「明日は晴れるな…。」

わざとらしく呟き、部屋に戻る。

悩める彼女は、明日も星空の下で、一人会議をする。


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