第二章第六節 背水の陣
ー俺は、また気を失ってしまったのか…
ベルフェゴールの攻撃を受けた俺は、何が起きたのか理解する前に、また真っ暗な空間に来てしまった。
いつもならここで例の声が聞こえてくるはずなんだが…
「……ク………ユー…………ユーク…!!」
「っ…!?」
「ユーク!よかった…気がついた…」
目を開けた俺の視界には、涙を流しながら俺を見下ろすアルスの姿があった。
「あれ…俺…これ…」
俺は今の状況が掴めずに口をパクパクしていた。
「あの…私、足…痺れてきちゃったんだけど…」
「ご、ごめん…!」
アルスにそう言われ、俺はやっと状況を把握した。俺は倒れた、それを見たアルスが介抱してくれて、膝枕をしてくれていた…
「そうだ…ベルフェゴールは!?」
「それが…」
俺の問いに、アルスは動揺した。俺が気を失ってる間に何があったのだろう…
「私が、説明するわ」
見かねたアルスに、アイリスが口を開く。
「ユーク!?」
アルスが叫んだ。ユークの体は、まるで人形のように軽々と宙を舞っていた。傷口が急激に凍らされたためか、血が出ている様子はなかった。命令を無視したという罪悪感からなのか、それともただ単に力を抑えきれずに凍らせてしまっただけなのか。その真意は定かではないけれど、確かなのは…
「あいつ、完全に本気モードみたいだね」
「ユークも、ギルもやられて、どうしたらいいの…」
私は完全に動揺していた。このままじゃ全員死ぬ、そう思ったから。体の震えが止まらない。
「ギル…目を開けてよ…私との約束、忘れたなんて言わせないわよ…ギル…」
その時、ギルの手が動いた。
「ギル…!?」
「あ…アイリスか…すまない、どうやら寝坊してしまったようだな…」
ギルはそう言って、笑顔を作った。
「無理しないで、今は休んでて…」
「そうは…言ってられないだろ…みんな戦って…ユーク…ユークはどうした…」
私は何も言わず、横たわるユークの姿を見ることしかできなかった。
「ユー…ク…?」
「なんだ、まだ生きてたのか。この死に損ないがぁ!!」
ベルフェゴールはギルの姿を見ると、氷の牙を向け飛びかかってきた。ギルは咄嗟に剣を取り、その攻撃を受け止めた。
「ふん、まだそんな力が残ってやがったのか」
「いや、火事場のなんとやら、だよ。俺はもう剣を振るう力は残っていない」
「ギルっ!」
ギルはその場に跪いた。私はそれに駆け寄った。やっぱり、ギルはもう限界みたいだった。
「すまない、どうにも寝起きは力が出ないみたいだ。もう、終わりかもしれないな」
「何言ってるのよ…縁起でもないこと言わないで!まだ道は残ってるはずよ!」
「そうだ、俺たちもまだ残っているんだから、弱音を吐いてる暇はないぞ」
ヴァンがそう言ってギルを鼓舞する。
「そうよ、私だっているのよ。だからまだ諦めちゃダメ」
私は覚悟を決めた。今は、私がギルを守らなきゃ。正直、あんな強い敵と戦ったことなんてないからすごく怖い。でもやらなきゃ、私たちがやらなきゃ、この世界を守らなきゃ。
「やるわよ、みんな」
「へっ、アイリスがそんなやる気満々になるなんてな。ギルタリアは幸せもんだな?」
ハイムが意地悪を言う。ギルは苦笑いを浮かべていた。何よ、幸せじゃないっていうの?失礼しちゃうわね。あとでケーキ奢ってもらうんだから。
「僕もやるよ。この前ほどの力は出せないけど、今のギルよりは役に立てるよ」
「サトシ、言ってくれるね」
「私は…」
アルスが弱々しく声をかける。
「あなたはユークを見ててあげて。今の彼には、あなたが必要なはずよ」
「アイリス…」
「さぁみんな、行くわよ」
私とサトシ、ヴァンにハイム。4対1…数だけなら有利なのに、すごく不利な状況に思えるのは、私が弱いからなのか、それともギルに頼りすぎていたのか…いや、同じ意味か。
考えていても仕方ない。私は傀儡たちを構えた。
「まずは敵を囲む。そして一気に叩く。それでどう?」
「ほう、さすがフォレスのギルド長様だな。中巨大級の敵と戦う時の定石だ」
「だがあいつはデカい割にはスピードがありすぎる。それに攻撃範囲も広いときた。定石通りにはいかんだろう」
ハイムとヴァンが私の提案に色々と意見をくれた。でも私には考えがある。
「大丈夫。敵を囲むのは私一人で十分。あなたたちは私の援護をお願い」
「一人でって…さすがに女の子にそんなことさせられないよ!」
「あら、私が誰だか忘れたの?」
サトシの心配をかき消すように、私は言葉を続けた。
「フォレスギルド長、天才の傀儡師、アイリス・ロー・アルドールよ?」
私は、私の傀儡たちを敵の周りに展開させた。ハンマーのマトーは正面からの打撃、レイピアのピークと双剣のドゥエペは両サイドからの猛攻、拳銃のフュジーは背後からの牽制、盾持ちのエクリープは私の防衛。
「私の傀儡たちであいつの隙を作る。あなたたちはその隙を突いてほしいの。タイミングは各々に任せるわ。準備はいい?」
「任せろ!」
「おう!」
「いつでもいけるよ!」
私たちは攻撃を開始した。
「ユークもギルタリアも負傷してしまった一行。戦力を大きく欠いてしまった彼らを引っ張るアイリス。
彼女の提案した作戦は上手くいくのだろうか?
次回『風前の灯火』」