第二章第五節 氷山の一角
「な、なん…なんだ、これ…」
俺は状況が飲み込めずにいた。氷の中に閉じ込められた…いや、氷漬けにされた仲間たち。相変わらず不敵な笑みを浮かべているベルフェゴール。あくびをしているアスタロト。
「お前は簡単には殺さないよ。めんどくさいけど、あのお方の命令だからね。あのお方の命令は絶対だからさ」
「あのお方…?お前らのボスか?」
「お前には関係ないよ」
俺の問いかけにベルフェゴールは答えなかった。
「答えないんだったら、無理やり答えさせる!」
「お前にそんなことできんのか?」
ベルフェゴールは俺を茶化すように言う。
「この…やろう…」
ーあれ、この感覚…
気がつくと、目の前が真っ暗になっていた。
ーリヴァイアサンと戦ったときにもこんな感覚になったっけ。
「これじゃ勝ち目ないじゃねーか」
ーこの声、聞き覚えがある…
「おい、お前。俺の力が欲しいか」
ー誰だ、お前
「俺はフランメ。お前の中に眠る炎の精霊だ」
ー炎の、精霊…?
「俺の力が欲しいか」
ー欲しい…俺に力を貸してくれ!
「ふんっ。お前に使いこなせるのなら、いいだろう」
「おい、お前、急に黙るなよ。なんか俺がいじめてるみたいじゃん」
ベルフェゴールの声が聞こえた。それと同時に俺は意識を取り戻した。そして俺の周りを赤い光が漂っていることに気づいた。
「フランメ…なのか?」
「あぁ、そうだ。それで、お前は俺の力を使いこなせるのか?」
「た、多分…?」
俺は自信なく答える。フランメは鼻で笑ったように感じた。
「そろそろ、いいかな?」
ベルフェゴールは痺れを切らしたのか、例のごとく氷柱を突き立ててきた。
「炎の精霊よ、我が命に従い、その力を解放せよ!フランメ!!」
俺は対抗すべくフランメの力を解放した。その時、目の前に炎を纏った剣が現れた。俺はその剣を手に取り構えた。
「へぇ、これがあのお方が言っていた精霊の力ってやつか」
「ごちゃごちゃうるせぇ!いくぞ!!」
俺はベルフェゴールに斬りかかった。
「確かに驚異的な力だ。でも…」
次の瞬間、俺が手にしていたはずの剣が消えていた。
「な、なんで…」
「確かに炎は氷を溶かす。でも、溶けた氷は水となり、炎を消す。そしてその水は…」
そう言ったベルフェゴールはニヤリと笑った。その時、水が渦巻き、ベルフェゴールの周りを旋回していた。
「また冷やされて、さらに鋭い氷となる」
「やばっ…!」
俺は咄嗟にバックステップを踏んだ。
「遅いよ」
しかし、ベルフェゴールの攻撃の方が一足早かった。鋭く尖った氷の刃が俺のわき腹に命中した。俺は乱れた視線を敵に向け直す。そこで俺は絶望した。
「な、なんなんだよ、あれ…」
目の前にいたのは、俺が今まで見ていたベルフェゴールじゃなかった。さながら猛犬のような見た目のそれは、口から白い息を吐きながら俺をジッと見つめていた。
「おい、やべぇぞあれ。今のお前じゃ太刀打ちできない、逃げろ!」
「そんなことできるわけないだろ!みんなを残したまま…」
「だったらさっさとこいつらの氷を溶かして助けださなきゃだろ!」
フランメはそういうと、氷漬けにされたみんなの周りをぐるぐる回り始めた。するとみるみるうちに氷は溶け始めた。
「フランメ、気をつけろ!氷を溶かすってことは…」
「その通りだよ、ばーか」
ベルフェゴールがそういうと、溶けたばかりの水が凍りながら、フランメめがけて伸びていく。
「再凍結するなら、それを超える熱で溶かすまで!」
「なにっ!?」
フランメは今までより強い炎を放った。その炎の中に人影のようなものが見えた。
「フラン…メ…?」
まるでヤギと人間が融合したようなその姿に、俺は驚きを隠せなかった。
「氷野郎、お前だけが本気を隠していたわけじゃないぜ」
「フランメ、その姿…」
「俺たち精霊は、お前たち精霊使いの使いやすいように力を抑えてんだ。だがこうやって本来の姿を顕現させることによって抑えていた力を解放することができる。しかしそうすることによるデメリットも、もちろんあるんだがな」
そう言ったフランメは、意地の悪い笑顔を浮かべていた。
「なんだよ、そのデメリットって…」
「お前たち、俺を無視するのもいい加減にしろよ!!」
ベルフェゴールはそう叫びながら俺たちに向かって飛びかかってきた。
「まぁ見てなって」
フランメは笑顔のまま、俺の目の前に立ち構えた。
「これが俺の本気よ」
フランメが手をかざした途端、凄まじい炎が吹き出した。
「ぐぁああああああ!!!」
豪炎に包まれたベルフェゴールは断末魔の叫びをあげながら悶え苦しんでいた。
「す、すげぇ…」
「ほら、周りを見渡してみろ」
俺は言われるがまま周りを見渡した。すると氷が瞬く間に溶けていった。それに伴って氷漬けにされたみんなも解放されていった。
「いったたた…あれ、僕何して…」
「さむ…くない…?」
「サトシ!アルス!」
凍っていた影響なのか、みんな少し顔色が悪かった。
「一体何がどうなっている…?」
「鼻、鼻が…」
ハイムとヴァンも気がついた。
「何が起きたのよ…」
「アイリスも…よかった…」
「あれ、ギルは…?」
みんなが次第に意識を取り戻していく中、溶け残った氷柱の陰に倒れたギルタリアの姿が見えた。
「ギル!」
アイリスがギルタリアに駆け寄る。必死に呼びかけるも、ギルタリアはピクリとも動かなかった。
「ユーク、あいつのことは他のやつに任せて、今は目の前の敵を見据えろ。来るぞ」
俺はフランメに言われ、気を張りなおす。ベルフェゴールの姿は元に戻っていて、傷だらけだった。
「ふ…ふふ…俺をコケにするなんて、たいしたもんだよ…でも、あんなのが俺の本気だなんて思われちゃ困るよ」
そう言ったベルフェゴールの足元に、突然大きな魔法陣が描かれた。そしてベルフェゴールの姿がさっきの猛犬よりも凶暴な、狼のような姿に変わった。
「さっきは俺単体での強化体だったけど、今度は違うよ…今までの俺は氷山の一角でしかなかったんだから…もう、命令なんてどうでもいい…」
その瞬間、それは俺の真後ろにいた。
「オ マ エ ヲ コ ロ ス」
気がついたら、俺は人形のように軽々しく宙を舞っていた。
「ベルフェゴールに深手を負わせたと思っていたのに、もっと大いなる力を引き出してしまったユークとフランメ。
このまま手も足も出ないのか!?
次回『背水の陣』」