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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

習作用婚約破棄もの

素直は美徳か、愛は正義か

作者: 夜雨

【空気は読まない】




「ショシャナ・ディーア! 貴様との婚約を破棄するっ!」



 まるで芝居のようだ、とレベッカ・ミスティは思った。それも滑稽な茶番劇と呼ばれる類の。


 高らかな宣言は鼓膜をびりびりと震わせて、ただ不快なだけだ。宣言をした男も男の腕に抱えられた女も、顔はなまじいいものだから、余計に芝居くさく見えてしまう。


 手に持つ扇で顔を隠し、こっそりため息を吐く。

 ……何故自分はここにいるのか。正直関係ないというのに。知らん顔をして逃げたくとも、既に観客によって包囲されている。ここから離れようとすることは最早不可能だった。



「何故、何故ですのッ!?」



 金切り声が会場に響く。煩い、とレベッカは眉を潜める。淑女にあるまじき取り乱し様だ。やはり『友人』は考えるべきだったか、と内心嘆息。選択肢は少なかったが、やろうと思えば友人を連れずに過ごすことなんて容易かった。ただ無難な道を選んだだけだが、ここにきて無難ではなくなってきている。

 恐らくはこちらにも飛び火するのだろうと男達の方を眺める。目も合わせない『彼』に、胸の中に幾つかの感情が沸き立った。公爵令嬢として表に出さないよう努めるが……嗚呼、躾が足りなかったのだろうか。


 レベッカが『彼』を冷たく見ながら思案する間にも、茶番劇は滞りなく進行していく。



「ショシャナ、貴様がルルーを虐めていたのは知っている! そんな女を王妃にする訳がないだろう!」



 もう少し品良く静かに喋れないものか。いちいち大声で自慢げに言うのものだから、不敬だと知りつつ心中で文句を垂れる。

 それに呼応して腕の中で泣き崩れる女もまた不快だが。影になってはいるが、弧を描く口元がレベッカには見えている。こんな分かりやすい女に騙されるなど、全くいつから王族の教育はこんなにも緩くなったのか。



「殿下の仰る通りだ! 貴様ら、ショシャナ・ディーアと図って寄ってたかってルルーを虐めたな!? そんな女、我が伯爵家に相応しくない!」



 そうだそうだと、泣き崩れる女を抱きしめる男―――王子の周囲を固めていた男達が次々と声高に婚約破棄を告げる。

 こちら側―――ショシャナ・ディーア侯爵令嬢の友人である女達も一様にそれはおかしいと主張し始めた。


 その喧騒の中において、ふたりだけが沈黙を保っていた。

 興味津々に見つめる観客達―――この期末パーティーに参加する学園の生徒達も、口々に何かを囁きあいながら、次そのふたりが何を言うのかと注目している。


 当然観客達の視線を辿り殿下やその取り巻きら、また同じくショシャナとその友人らも彼らを注視する。

 ふたり。それはレベッカ・ミスティとその婚約者のことである。


 いつしか、会場は静寂に包まれていた。


 レベッカは怪訝に思った。『彼』が何も言わないからだ。もう時ここに至って今更火の粉が降りかかるも何もない。ふたりは当事者であり、渦の中心である平民の少女に惚れたと言うのならそれを言ってみればいい。いつものように、素直に。


 レベッカは怒らないだろう。既に彼女の心は冷えて、婚約破棄後の算段をつけている。


 ただ一つだけ言ってやりたいことは、あるが。


 冷めた顔で、レベッカは『彼』を見た。『彼』もじっとレベッカを見つめている。

 ふたりは視線を合わせ、そして先に切り出したのはレベッカだった。いつだってレベッカ・ミスティは恐れることなく踏み出す。

 扇をぱしりと閉じれば、すっと空気が冷えた。



「何か言いたいことがあるのなら、言えば宜しいのではなくて?」



 空気よりも冴え冴えと凍った言葉に、『彼』はひとつ頷いて、口を開いた。




「今日のドレスはエロいな」




 この男、真顔である。


 誰もが言葉の意味を理解できずに押し黙る中、レベッカはかつかつとヒールを鳴らして力強く婚約者に歩み寄り、その頰を手にした扇で思いっきり引っ叩く。ばしん、とそれなりに痛そうな音が鳴った。



「馬鹿なの?」



 レベッカの感想に誰もが思わず肯く。正直何故ここでその言葉を選んだのか全く理解できないし、そもそもレベッカの婚約者である『彼』―――エリシュオン・アディールがそんなことを言うだなんて皆予想の埒外にあったのだ。

 彼は次期侯爵としていつも公平を期する、正しさを極めた男であった。かと言って融通の利かない堅物でもなく柔軟な思考ができる男でもあった。信頼に足るその態度は多くの人々から慕われている。


 そんな貴族令息の理想像のようなエリシュオンがまさか婚約者にエロいなどと言うと誰が思うのか。……レベッカだけは心の片隅で僅かに予想はしていた。

 実はこれはいつものことであったからだ。


 はっ、と我に返った王子がいやいや! と声を上げた。



「お前、何を言っているんだ!? 何故その女の罪を咎めない!」

「罪ですか?」



 エリシュオンは首を傾げる。



「レベッカ、君は罪を犯したのか?」

「貴方を常識知らずに育てたのは罪ね」



 ゴミ虫を見るかのような目のレベッカにもめげず、エリシュオンは微笑む。婚約者への信頼が伺える態度だ。それどころかレベッカの腰を抱こうとしてさえいる。そしてまたレベッカに扇で叩かれていたが、今は誰もそこに突っ込まなかった。



「犯しただろう! ルルーを虐めて……!」

「申し訳ありませんが、殿下。わたくしはこの男を躾けるのに忙しくてそんな暇はございませんわ」



 告げる理由はおかしかったが、やはりそこには誰もとりあえず突っ込まなかった。

 エリシュオンは躾けると聞いて微笑みの甘さを増しレベッカの肩を抱こうとしたが、またもや扇で反撃されていた。学ばない男である。



「そもそも、そこの平民が虐められたというのもおかしな話と思いませんこと?」



 レベッカの一瞥に大袈裟なほど身を震わせ、女は王子に抱きついた。色に溺れた王子といえば、それに顔をだらしなく崩し女に愛を囁くだけである。全くレベッカの言葉を聞く気がないのは一目瞭然。


 王子に―――いや、女に侍る男たちと言えばそれに「ルルーは悪くない」と騒ぐだけ。この能無しどもが、とレベッカは無表情の仮面の下で内心吐き捨てた。

 ショシャナ率いる令嬢たちも同じく能無しとレベッカは判定する。ただ騒ぐだけならばドレスも宝石もいらない。淑女として扱って欲しいならそれ相応の振る舞いを見せろ、とも思うわけだが。


 もう早く帰りたかったレベッカは、隙あらば引っ付いてくるエリシュオンを軽く躾けながら全てを語ってしまうことにした。



「ルルーと言ったかしら、おまえはショシャナ・ディーア様に虐められ、そしてわたくしまでもがそれに加担したと主張していたわね」



 語り始めると、再度男たちも女たちも騒いだが、レベッカは気にせず淡々と続きを話していく。


 観客は好奇の視線を隠しもせずにレベッカに向けた。それはある程度微笑みで威圧したエリシュオンが遮ってくれたが―――褒美としてレベッカの腰に手を回すことへの許可を目で与えると、嬉しそうな色を滲ませてエリシュオンはレベッカに擦り寄った。……その温もりに自らの身体の小さな震えが止まったなどレベッカは認めない。

 この学園にいる紳士と淑女たちは未だ成人を迎えておらず、大勢の前に出ることがあれど悪意と好奇心の入り混じった目を向けられて怯むのは当然の話である。だが淑女たるレベッカ・ミスティが怯むなど彼女は認めない。ひたすら『敵』を読めない瞳で見据えるだけだ。凛とした態度でもって。


 感情を浮かべぬまま、レベッカは話し続ける。



「誓って言いましょう、わたくしはおまえを虐めていないわ。ショシャナ・ディーア様とそのご友人方については知らないけれど。まずわたくしにおまえを虐める理由はないもの」

「わたしが!」



 女がそこで鋭く叫んだ。


 無礼な、とは言わなかった。この流れを止めるには、その言葉ではレベッカが悪者のように扱われるだけだろうと思えたからだ。権力の行使は、たとえ正当な権利に由来するものであろうとも、観客たちによって面白おかしくまるで悪であるかのように語られてしまうこともある。

 そういう存在が大衆であるのだろう。彼らを悪しと断ずるべきかは、レベッカには分からないが。



「わたしが、エリシュオン様と仲良くしたのがいけなかったのでしょう……?」



 先ほどの強い叫びから翻って、弱々しく震えて訴える姿は庇護欲を掻き立てるのだろう。男達は女に群がり様々な慰めの言葉を吐いている。

 だがレベッカは当然絆されない。


 慰めどころか、嘲りの笑みすらつくる。



「あら、自意識過剰ね。そう思わない、リシュ?」



 普段人前では使わない愛称を呼べば、彼はうっとりした顔だ。明らかにレベッカに愛称で呼ばれて喜んでいるとしか思えない。


 こんな男を見ていて、人前で『仲良く』などと発言する嫌らしい女に嫉妬するほどレベッカは疑い深くなく、情緒不安定でもない。



「全くだ。まさか、私が他の女と仲良くしたなどと言われるとは。しかも、それにリベカが嫉妬したと言いたいのか、おまえは」



 婚約者への愛と幸福に満ちた瞳とは打って変わって、エリシュオンが女に向けるのは蔑み一色である。



「私が触れたいと思うのはリベカだけだ。私がおまえに触れられる度、どれほど悍ましいと思ったことか」



 そこで一度言葉を切り、エリシュオンは振り向く。


 彼の端正に整った顔がすぐ近くにあって、しかしレベッカは動揺もしない。顔を真っ赤にして倒れるなどという年頃の令嬢として当たり前の行動もしない。ただ、ほんの少しだけ柔らかな瞳で見つめ返すだけだ。


 だがそれだけでも、エリシュオンには十分なのだろう。



「リベカは私が他の女に触れたくらいでは嫉妬しない。私の視界に入っていないことを知っているから。そうだろう、リベカ」



 とろとろに蕩けそうだ、と思う。

 蕩けるのが自分か、彼かはわからないけれど。嗚呼、あるいはふたりともなのかもしれない。


 エリシュオンの笑みはそんな笑みで、瞳はそんな色をしていた。

 甘やかで、美しく、毒に似た色。


 自分もきっと全く同じ色をしている。

 それを確信すれば、口元は自然と弧を描いた。



「ええ。貴方がもし自分から触れたのならたっぷりお仕置きはするけれど、それが故意でないのなら構わないわ」



 だって、リシュにはわたくししかいないもの。


 その言葉だけは、声に出すのをやめた。それを出して仕舞えばふたりの関係が表に出てしまうかもしれないと危惧したからだ。

 表に出てもふたりの関係は変わらないが、秘密の方が何かと都合がいい。

 特に、レベッカにとって。


 言葉に出さなくともエリシュオンはしっかり理解したようで、



「愛してる、リベカ」



 と甘い声音で囁かれる。



「わたくしもよ」



 と返せば、エリシュオンは益々笑みを深め、瞳を蕩けさせる。勿論レベッカとて同じ。

 お互いがお互いだけを瞳の中に映すのは麻薬のように心地いい。


 すっかりふたりだけの世界を作り出すレベッカとエリシュオンに周囲は目を瞠っていた。

 ふたりは幼い頃からの婚約者であるというのは周知の事実であったが、ふたりの間に恋愛感情があるというのは知られていない。

 それがこんなにも深く堕ちていく愛だということも―――あるいは今も知られていないかもしれないが。


 だから女も男も、誰も彼もがただ状況の把握に努めていた。先程はあんなに怯えた顔で王子に寄り添っていた女でさえ呆然として、自我を取り戻した後は不機嫌そうに眉根を寄せた。

 まるで、ふたりが愛に耽溺するなどあり得ないと言うように。

本当は連載にしようとちまちま書いてたんですが、文章能力が落ちたのでとりあえず供養として置いておきます。ずっと後で連載にするかも。


その時は闇深めヤンデレと、闇薄めヤンデレの二つを連載したいと思っていたり。

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[良い点] 題名に釣られくまー [気になる点] 連載を… 連載を… [一言] すきです!!(あいしてます!!)
[一言] 連載楽しみにしてます!!
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