神手家の特訓
瑠奈の娘となった麗羅は、戦闘の英才教育を受けることになる。
だが、英才教育は同時に地獄の戦闘訓練でもあった。
麗羅は大きな亀の甲羅を背負い、水汲みを行った。水道があるにもかかわらず、だ。
さらに両手両足に闘気や魔力を封じるバンドをつけて戦闘能力を制限された。
これは潜在能力を引き出すための負荷を与える訓練になる。
そしてもう一つ。
瑠奈の力で超強化された状態を経験する訓練も課せられた。
力を押さえつける訓練だけでは、いざ力を解放したときにその使い方が分からないとなってしまう。それを回避するために「強くなった自分」を先行して経験するのだ。
そうすることで、今の100%を超えた120%以上の自分を従えることが出来る。
この二つの枷を基礎として、戦闘実践が行われる事となった。
「未熟未熟未熟千万! どこをとっても未熟の塊! よくそれで王子を手に入れたいと願ったものだな!!」
「くぅぅっ! まだまだぁっ!!」
「フハハハ!! 根性だけは一人前か!!
心技体、心だけでは勝ち残れんぞ!? 体はもう遅いが、せめて技だけは使い物になるよう鍛えてやるわ!!」
麗羅は枷付きの状態でも超強化された状態でも、瑠奈の圧倒的な技に打ちのめされる。
ルールに従い武器はアリだが、2人が選んだのは無手。武器無しである。
通常、武器を使った方が人は強いと言うが、それはいくつかの前提条件に由来する。
武器とは人の体の一部ではなく、その扱いには相応の熟練を要する。それは無手の技を修めるよりも厳しい修行が必要になるのだ。
下手な武器の訓練を行い半人前になるより、まだ己の一部である拳などを鍛えた方がまだマシ。
それが瑠奈の判断だ。
そんなわけで始まった無手の戦闘訓練は常軌を逸する。
バランス感覚の修練も行えと、高さ約3mの、不揃いな長さの鉄の棒が立ち並ぶ上、そこで二人は戦っている。
落ちたら骨折は免れず、下手をすれば死の危険すら有り得る。
そんな中で訓練を、実戦をしているのだ。死の危険を当たり前のように要求する師匠と受け入れる弟子。どちらもまともな神経をしていない。
「あっ?」
「チェストォ!!」
瑠奈が本気を出せば麗羅に適う道理はない。
だが麗羅が勝てないギリギリの強さを出す瑠奈に、麗羅は翻弄されてキツイ一撃を腹部に受けそうになった。麗羅は回避しようと、ダメージを抑えようと身をよじるが、それが原因で足場を踏み外す。
「うぁっ! くぅぅぅっ!」
「ほぅ。そろそろ落ち慣れてきたか」
訓練開始から1時間の間に、麗羅は幾度も打ちのめされ、何度も地面に叩きつけられそうになってきた。
本当に地面に落ちて大怪我をすればそれは時間の損失になるので、瑠奈はギリギリのラインを見極め、麗羅を回収していた。
だが今回は麗羅は途中で棒に捕まり、自力で落下速度を殺して立て直しを図る。
その様子に瑠奈は思わず口笛を吹いて称賛した。
「だが。まだまだ、だ」
「きゃぁぁっ!!」
ただし、実戦においてそんな立直す隙がもらえる事は稀である。瑠奈はそれを教えるべく、棒を登ろうとした麗羅に追撃を加えた。棒を持つ腕に蹴りが入る。
仕切り直しになったと思っていた麗羅は不意を突かれ、痛みで棒を手放してしまい、再び地面に落ちていく。
こんどこそ瑠奈が麗羅を回収し、正しく仕切り直しになった。麗羅の傷が回復魔法の恩恵で治っていく。
「仕切り直しの条件は?」
「私が地面に落ちそうになった時、です」
「さっきのはお前がまだ地面に落ちようとしていなかったからな。まだ戦闘中だぞ。常に戦闘終了と勝手に考えず、油断するな」
「はい! 師匠!!」
二人の特訓は常軌を逸してはいるが、二人の許容範囲内である。
そうしてこの異常な特訓はロワイヤル開始直前まで続くのであった。