ヤンデレラがシンデレラ
屋敷を追い出された麗羅。
彼女は行くアテもなく、街をさまよう。
「どうしましょう……」
力なく呟く麗羅。
それもしょうがないだろう。彼女はまだ、15歳の小娘なのだ。義理でも親から社会経験に乏しい状況に追い込まれてしまえば打てる手など無い。
「よぉ、しょぼくれた顔してるじゃねぇか」
そんな麗羅に声をかける女が一人。
彼女は麗羅よりもはるかに高い位置から彼女を見下ろす。
「貴女は……まさか、東西南北中央不敗! マスター練馬!!」
麗羅に声をかけたのは、巨大な漆黒の馬に跨った、巨躯の女性。マスター練馬と呼ばれたその女性は、馬からひらりと大地に降り立つ。
その威容はまさに世紀末覇者と呼ぶにふさわしく、身長が160㎝の麗羅と比べると頭二つ分、上背は2mは確実にあるだろう。全身を覆う筋肉もまた、麗羅と比べはるかに多い。
二人の姿を遠くから見れば距離感を間違い、大人と子供が顔を見合わせているように見えるだろう。
「ちょうど麗羅、お前を探していたんだ。
もしもお前が私の出す条件を呑むのであれば――お前を私の養子にしてもいい」
マスター練馬はそう言ってどう猛に笑う。幼い娘が見れば失神するほどの凶悪な笑みだ。
「それと、だ。私をマスター練馬と呼ぶな。もちろん東西南北中央不敗なんて長ったらしい言い方をしなくてもいい。
私の事は母上とかでもいいが、神手 瑠奈、瑠奈と名前で呼ぶがいいさ」
ただ、麗羅にとってその手を取らないなどと言う選択肢は無い。
ゆえに不敵に笑ってその手を取る。
「たとえ、どのような条件でも飲んでみせましょう」
少女は、こうして一つの契約を結ぶのだった。
瑠奈の要求はシンプルだった。
「私だって、恋人が欲しいんだよ!!」
神手瑠奈、27歳。独身。魂の叫びである。
最強無敗の戦士である彼女は、その巨躯もあって男から逃げられ続けている。
付け加えるなら、彼女は貴族家当主として子を産み育てる“義務”にも拘らずそれを成せないでいるため、城への出勤、登城しようものなら周囲の視線が非常に痛い事になる。
――戦士としてはともかく、貴族の女としてはねぇ?――
彼女のライバル、新宿クィーンの発言が、周囲の評価を端的に表している。
子を産めない女には価値が無い。そう言わんばかりである。
その為、娘を持つことで最低限の体面を保ちつつ、麗羅に婚活の手伝いをしろと言うのだ。王配の権力をフルに使って。
麗羅はその話を聞き、天を仰いだ。
――手を貸すのは構いませんが、この人が、かつて私の憧れた最強の女性なのですか――
麗羅は“あべこべ王国王子争奪戦”に挑むにあたり、王国中の高名な戦士の情報を集めていた。
その中でも瑠奈は最もインパクトのあった東西南北中央不敗の名は、彼女にとって憧れの存在だった。
だが、それも今の姿を見るまでである。
神手家の屋敷で向かい合う瑠奈を前に、麗羅は自分の中で大切な何かが砕けた音を確かに聞いた。
でも、それでも、と麗羅は浮かれ気味だった、そして冷めてしまった気持ちを改める。
これで王子に手を届かせてみせる、と。