ヤンデレラ
1997年7月。
その日、あべこべ王国に激震が走った。
女王が、“王子”を産んだというのだ。
あべこべ王国は男女比が1:100という、非常に女性の数が多い国だったため、男子が生まれたと分かった瞬間から貴族たちは暗躍を始める。
だが、女王は国を割らぬために王子のお相手に関し、いくつかのルールを設定してこれを”表面上は”治めて見せた。
・ 王子の婚約者は誰であろうとどんな理由があろうと認めない
・ 王子は15歳で結婚させる
・ 王子と結婚できるのは、王子が15歳の時に18歳未満の、貴族の娘のみとする
・ 王子の結婚相手は、同世代最強を名乗れる者とする
表面上こそ取り繕うことができたが、女王の決定によりあべこべ王国は大混乱に陥り、王子と年の近い娘たちは修羅と化した。
王子誕生から15年が経とうとしたある日。
王国貴族の娘にして本来であれば次期当主であった15歳の娘『病手 麗羅』は、自身の住む屋敷の掃除をしていた。
麗羅は病手侯爵家の一人娘であったが、母が死んだ後にやってきた後妻の姦計に嵌り、実父亡き後はただの女中として扱われていた。今では雑巾片手に窓ガラスなどを拭いて回るのが日課になっている。
病手家には彼女の味方も存在していたのだが、そういった古参の女中などはどんどん辞めさせられ、今では彼女に味方するものは誰もいない。
完全に、彼女が生まれ育った病手家は敵地と化していた。
“だがしかし”、彼女は自身の身の上がどうであろうと、一発逆転ができるチャンスがあることを知っていた。
それは、王子との婚姻である。
麗羅は女中の真似事をしてはいるが、貴族の娘としての立場を失ったわけではない。まだ、病手家の娘として存在しているのである。
よって王子の結婚相手になる資格は残っており、もうすぐ行われるバトルロワイヤルに生き残りさえすれば王子の妻となり、ハッピーエンドを迎えることができる。
そのように分かりやすい希望が存在するだけで、彼女はまだ頑張れると己を鼓舞しているのだ。
“だがしかし”、彼女の願いは一度潰える。
「今、何と言いましたか?」
「貴女を貴族籍から抜いたと言ったのです、麗羅」
「ふざけないで!! 仮の当主でしかない貴女に、そんな権限は無い!!」
麗羅は継母に呼び出され、貴族としての立場を失ったと告げられる。
激昂する麗羅。しかし、継母は表情を動かさず、淡々と麗羅を追い詰める。
麗羅の継母は、正式な貴族ではない。
一般的に、貴族とは貴族家の当主とその夫、あとは長姉のみが貴族を名乗れる。
よって元は貴族家当主の夫であった麗羅の実父と次期当主の麗羅までが貴族であり、継母とその娘は貴族としての地位が適用されない。それが本来の、貴族のルールである。
麗羅の継母は確かに麗羅の実父と結婚したが、病手家の当主に成れたわけではなかったのだ。麗羅が当主に成るまでの中継ぎに過ぎない。
ただ、世の中には例外とか、特殊事例とか、そういった話も転がっているわけで。
「貴女が当主にふさわしくないと証明されました。よって、この病手家は実務能力を証明し当主代行を務めていた私が当主となり、血縁にない麗羅さんは貴族でなくなったのです」
継母が使った手は、麗羅を徹底的に貶めることである。
女中の真似事を長年にわたり続けさせ、それを周囲の貴族に見せ、すでに心が貴族ではないと説明していったのだ。
最初こそ麗羅を擁護する言葉もあったが、それが年単位で続けられれば違和感もなくなり、継母の言葉の方が正しいと思うようになるのである。
麗羅が必死に耐えてきたのは判断ミスであり、周囲の助力を得て早く反逆すべきだったのである。
「これで不安要素は取り除かれました。あとは我が娘たちの勝利を願うまでですね」
己の中にあった最後の希望が砕かれたことに絶望する麗羅。
彼女がまともな判断力を取り戻す前にと、継母は麗羅を外に捨て、勝利の美酒に酔うのだった。