痴漢防止屋
大丈夫なんとかするから。
電車に乗っていた時のことです。
隣のお姉さんが声をかけてきました。
隣と言っても、今だけの話です。名前も知りません。わたしの住んでいるマンションは階のいちばん端っこで、ちなみにですが、本物のお隣さんである田中さんは大変な人見知りで、しかも男性の方でありますので、わたしは挨拶すら、いや挨拶はしました。一度だけこちらからしました。
ということで彼女とは初対面です。初対面なはずです。
ならどうしてでしょう。信号が黄色のような気がします。わたしは少し距離をとりたかったのですが、許してくれないというか、ある一定の距離を掌握されていてどうもうまいこといきません。
勘違いだろう。
雨が降っています。バス停には他におじいさんがいましたが、私たちのことをなんと姉妹と思っているらしく、仏の笑顔で一度だけ頷きました。
カタツムリがいました。にょきにょき彼も親しみげなのは、おじいさんと同じ気持ちでしょうか。やめてください。
バスが来ました。
バスから降りました。
お姉さんは私の腕を掴み、すりすりなでなでしております。
「一体なんですか!?あなた」
さっそくですが、私はお姉さんの手を払いのけ、激高しました。
マンションが近いですが、関係ありません。
だって、知らない人ですもの。いやですよそんなの。
「痴漢防止屋」
お姉さんは言いました。
「あなた、本当にかわいいわね」
それからやっと、お姉さんは、わたしから離れてくれました。
ただ、離れただけでした。
ずっとこちらを、もっと言えば、わたしの胸を、行儀よく背筋を伸ばしたまま、凝視しています。
わたしは、とうとう、歩くのを辞めます。
後ろは一度も振り返りませんでした。
その次の日の朝、ニュースにあのお姉さんがいました。
味噌汁が、とてもうるさく脳みそと混じっていて、ワカメをやたらと吐きました。
お仕事はお休みです。
わたしは、電車に乗りました。
「警察です」
その日の夜、チェーンごしに、男の人と会いました。
「この男に見覚えはありませんか」
わたしは怖くなって、おしりを触る癖が出てしまいます。
「ありません」
やはりゴツゴツしています。お尻もメイクできないのかな。
警察官さんは、わたしの顔をじっと見ています。
私は言います。
「なにかついてます?」
「いえ、いや、なにもついてなどおりません」
警察官さんは帰っていきました。
お風呂の中で鼻歌を歌いました。
痴漢防止屋さん。
ああ、うっとおしかった。
ぼくは明日も電車に乗ります。