第05話 質疑応答
「じゃあ何だ、俺はそれで、ここにいるのか……」
「そうです」
何じゃそら。とうとう俺の気は違ってしまったのか?
それって、何分の一の確率になるんだよ。……いや、別にサイコロで決められたわけではないのだろうが。何だっけ。
『その美貌に押しつぶされない人』? 俺の目の前の女性が美しいのは事実だが、確かに俺は押しつぶされてはいない。というか、人を押しつぶすような美貌ってどういうことだ。
『不真面目すぎず、真面目すぎない人』? これは喜んでいいことなのか? 褒められてんのかけなされてんのかよく分からん。丁度いいみたいな話?
いや、疑問なまだまだ、溢れる湧き水のごとくある。
そもそも、ここって何だよ。
『ここではない世界』と、その神とやらは言ったらしい。ここではない世界が、要は、俺のいた世界、俺のいた会社がある世界、俺の住んでいた地球という星がある世界、ということか?
じゃあここは何だよ。
あの世界基準で言う、異世界というやつなのか?
異世界って何だよ。
「あの、俺は馬鹿だから知らなかったんですが、世界というのはいくつもあるものなのでしょうか」
「いくつもはありませんよ」
ほほう。
「二つ三つとか?」
「いえ、千くらいです」
多い!
世界が多い!
これでは迂闊に、「宇宙って広いんだなあ」とも言えねえじゃねえか。その上の概念があったのでは。
「シトルフさん」
「シトルフでいいですよ」
「そうですか」
「あ、それに、今更になっちゃいますけど、敬語も不要ですよ」
めっちゃフレンドリーだな。俺にもそのフレンドリーさがあれば、もしかしたら社会人人生を楽しめていたのかもしれない。
今となっては、以下省略。
「……シトルフ」
「はい」
「俺には信じらんねえことばっかりだ。もう少し質問させてくれ」
「どうぞ~」
フレンドリーというより、ただ緩い人なのかもしれない。こうやって言葉を交わし、やり取りをしていると、最初に感じられていた美しさとはまた別の、……何と言うんだろう、へにゃっとしたオーラもまとっている。
それも、『傾国の美女』とやらの要因なのか。
ともかく、質疑応答。
「どうしてあなたは日本語を喋っているんだ?」
「おそらく、神の取り計らいでしょう。言葉を合わせてくれたのでしょうね。あなたからすればもしかしたら、私が日本語を喋っていることが不自然なのかもしれませんが、私からしたら、まったくその逆で、あなたが日本語を喋っていることの方が不自然なんです。言葉が違ったら、不便ですし」
ふむふむ。
都合がいい!
もう怖い! 神って誰なんだ。もはや何なんだ。
「この小屋は?」
「神が私に与えてくださったんです。パッと造ってくれましたが、もともとはありませんでした」
ふむふむ。
ひたすらに神様がすごい。そして優しい。
「その服もか?」
「そうです。似合ってます?」
うむ。
これ以上ないくらいに似合っている。
「この地上もやっぱり、星として存在してんのか?」
「ほし……? って、何ですか? あれ、言葉、合ってない部分もある……?」
ふむふむ。
なるほど。ちゃんと存在した頃の文明の程度は大体分かった。今思い出したが、さっき俺が外にいた時、確か太陽(的なもの)があったから、やっぱり星なのだろう。
天動説は間違っているのだろう。
「そう言えばの話、このパンも神が?」
「あ、いえ、それは私が作りました」
ふむふむ。
……え?
「作った?」
「はい」
いやいや、それはどういうことだ。
だって……、
「だって、どう見てもパンを作れるような設備がなくないか?」
「魔法ですよ」
ふむふ……。
…………。
…………。
魔法⁉
魔法と言ったか?
「あんた、魔法、使えるのか?」
「は、はい。あなたは使えないのですか?」
いや……使えないというか、存在しないというか……。
マジかよ……。
マジもんのファンタジーかよ……。
「俺は夢でも見ているのかもしれないな」
「また横になりますか? 起きたら、夢でないことがお分かりいただけるかと」
「ああ、すまんな。お言葉に甘えさせていただこう」
「まあ、私も体験したわけではありませんが、世界間の移動って、消耗が激しいらしいですからね」
俺のこの疲労は百パーセント物理的移動によるものだから(草原に立っていたことに気が付いた直後は、まだ消耗していなかった)、それは見当違いの言葉だろうけど、それでも、俺のことを心配しているらしい。
『どうか夢であってくれ』という思いと『こんな世界もいいかもしんねえなあ』という(甘ったれた)思いの狭間で、複雑な心境と共に、今度こそは自分の意思で、三度床に就いた。
三度目の正直。
それもさて置いて。
質疑応答、終了。




