第03話 一人の少女
目が覚めた時、俺は横になっていた。……天井が見える。木造りの天井。一瞬、ここはあの世かと思ったが、あの世には木造りの天井なんてないだろう。
ガバッと、上半身だけを起こす。
「あ! お目覚めになられたのね!」
そこには、一人の少女。金髪ロングヘアーの、ドレスみたいな白い服を着た、一人の少女。どうやら、この人がこの家の持ち主で、そして他でもない、俺の命の恩人らしい。
「あ、あなたが……」
「まあまあ、まだ横になっていて。あ、それとも、何かお食べになられますか?」
何かお食べになられますか。その質問が刺激になったのか、俺の腹がまた鳴った。……普通に恥ずかしい。
「ふふふ、即答ですね。そんなに上等なものはありませんが、どうぞ」
そうして差し出されたのは果たして、パンであった。フランスパン程ではないにせよ、そこそこデカい。
ご馳走だ!
「食っていいのか?」
「ええ、どうぞ」
その言葉が出るやいなや、俺はパンの一端にかじりついた。貪るという表現では足りないレベルで、俺の食いっぷりは激しかったことだろう。
女性の前でそれはどうなんだと問われれば返す言葉もないが、何せ空腹だったのだ。あと一秒、俺が胃にパンを詰め込むのが遅かったら死んでいたかもしれない。それを考えれば、俺のこのテーブルマナー(テーブルではなく、ベッドだが)も妥当なものであろう。
「ごちそうさまでした」
生き返った。家主の少女が水も出してくれたので、喉も潤った。
生き返った!
「ありがとう。あなたは命の恩人だ。掛け値なしで」
「あら、嬉しいこと」
改めて、その少女を見る。およそこの木造の家には似つかわしくないような金髪ロングヘアーに、およそこの木造の家には似つかわしくないような白のドレス。
どちらかと言えば、宮殿にいそうな風格の、少女。
こう言っては失礼だが、マンガの登場人物みたいだ。フィクション系美少女みたいだ。
……つい、まじまじと見つめてしまったが、それこそ失礼だということに、何秒か経過してから気が付く。いつの間にか、重たい沈黙が流れていた。
気まずい。
「えっと……。俺……じゃなくて、私、ハジメっていいます。助けていただいたこと、心から感謝しております」
改めて頭を下げる。かけられていた毛布に頭をめり込ませるような勢いで、頭を下げる。
マジで感謝しかない。
「いえいえ。いいんです。あと、『俺』で大丈夫ですよ。それよりもむしろ、もう体調の方は大丈夫なので?」
「はい、大丈夫です。生き返りましたよ」
「それは良かった。……ええと、私の名前はシトルフっていいます」
そう名乗ってニコッと笑う。可愛いというよりも美しいといった感じの容姿をしている。思わず見とれてしまいそうになるが、ここで見とれてどうするんだ、ハジメ。
「それで、あの、ここって……?」
よくよく考えればの話になるが、どうしてこんな(あんな)大草原の真っただ中に、この家はあるのだろう。そして何故、この人が一人でいるのだろう。
一人暮らし? にしたって、何だか不自然だ。
そしてそもそもの問題。どうして俺はここにいる。
「ここって、どこなのでしょう?」
あれからどれ程の時間が経ったのかは分からないが、さっき俺は、ライトノベルがどうのみたいなことを考えていた。しかしあれは、あの時の危機的状況と危機的精神が生み出した「ボンヤリ思考」でしかない。
生き返った今、もう一度考える。
ここはどこだ。
この家は何だ。
この人は誰だ。
まさか、異世界とか、ないよな。
「まあ、あなたが戸惑うのも、無理のない話ですね。突然のことでしたから、私だってもし同じことをされたら、戸惑います。戸惑うに決まってます」
……ないよな?
「あの、それって、どういうことでしょうか」
ないよなあ⁉
「はい。おそらくは神の仕業です。あなたがここにいるのは、神が導いたからでしょう。一から説明するのは難しいですが、どうかお聴きください」
「…………」
…………。
……ない……よな……。
ガクッ。
「え、あ、……」
二回目の、気絶。
また、俺は気を失った。
ここまで俺、この人に迷惑しかかけてねえな。




