表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/13

第02話 船

どれほど歩いただろう。一キロメートルか、十キロメートルか、百キロメートルか。とにかく、もう距離の感覚もめちゃくちゃになるころ、悪い現状はずっとこのままかと思われていた、その時、それはまた唐突に、進展があった。


「……ん……あ、あれは……家⁉ 間違いない、家だ!」


めちゃくちゃ大きい進展だった。


俺の前方に、まだ遠くて小さい点でしかないが、木造と思われる小屋があった。それこそ、ポツンと。緑一色の草原の中なので、その小屋はここからでも判別できた。


きた! 天がついにやってくれた! バンザイ!


まだまだ意味不明な状況であることに変わりはないけれど、これは本当に大きい進展だ。小屋があるということは、つまりそれを建てた誰かがいるということで、少なくとも俺一人じゃなかったんだ。


涙が出そうになるが、そこはグッとこらえて、俺はがむしゃらに足を動かす。


……こらえられなかった。涙はこぼれた。


そんなことより!


今、俺と小屋との距離は、およそ百メートル(嬉しさのあまりめちゃくちゃになった距離感が復活をとげた)。そこまで近付いて分かったが、小屋というほど小屋ではないっぽい。


そこそこ大きい。普通に一軒家くらいの大きさか。それが、草の海の中に浮かんでいる。


船みたいだ。


草原の海の中にたった一隻で浮かぶ、ノアの箱舟的な、船。


その船に向かって、俺は一所懸命に歩いた。足が棒とはまさにこのこと。もしもこの進展がなかったら、棒ではなく骨になっていたことだろう。フラフラとした足取りで、千鳥足で、頑張る俺。


疲れた。


腹も減っている。さっきからずっと、腹は鳴りっぱなしなのだ。


喉もかわいたし。


……そしてついに、俺は扉の下へとたどり着いた。最後はもう、這うような姿勢での前進だった。傍から見ればゾンビみたいだったことであろう。


うーうー唸ってたし。


「す、すみません」


かすれた声。しゃがれた声。声に限れば老人みたいだ。喉の動かし方を一歩でも間違えようものならば、俺は目の前の木の扉を赤く染めていたに違いない。


それほどまでに渇きが凄まじい。


風は依然として吹いている。爽やかな風だ。……今の俺とは対照的だ。


その空間の中で、待つ。


反応を待つ。


誰かがいてくれと願う。誰か返事をしてくれと、心の中で祈る。


ここまで期待させておいて、もぬけの殻でした、なんてオチは、おい、ないよな⁉ 神様⁉ ないよな⁉


…………。


…………。


…………。


返事は、ない。


絶望。


もう誰もいないのかと諦めかけ、扉に手を伸ばした俺は、しかし。


しかし!


「誰……?」


という小さな返事を聞き逃さなかった。


次の瞬間、自分で開けようと伸ばした手の先にあった扉が、開いた。


風じゃない。


それは明らかに、向こう側から開けられた挙動だった。


「……!」


神よ……。


……ありがとう……!


蚊の鳴くような声でそう呟いた俺は、そこで気を失った。


暗闇に落ちた。


虚無空間に落ちた。


俺の目には最後、誰かが映ったような気がしたが、落下を始める意識の中で、脳はそれを認識できなかった。


とりあえず、助かったっぽい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ