第01話 何もない
わけが分からないとは、まさにこういうことなのだろう。わけわかめとは、まさにこういうことなのだろう。……何考えてんだろう、俺。
もう何だか、……うん。
現状の整理。どこまでも続くかと思われるような草原にて、俺は一人、ずっと歩いている。行けども行けども、同じ風景が繰り返されるばかりであるが、それでも俺は一人、ずっと歩いている。
「…………」
家に帰ると必ずと言っていいほどに読んでいた、愛読していた、某ライトノベルの設定を思い出した。異世界がどーのこーのの小説。
「…………」
少なくともそのライトノベルの中では、そこには村や国があって、家もあってお城もあって、そして何より、人がいた。
人に限らずとも、生き物がいた(いや、草だって生き物なのだろうが、それは違うじゃん)。
「…………」
五分くらい前までは、「え⁉」とか「どこだよ⁉」とか叫んでいたものの、もうその気力も失われてしまった。精も根も尽き果ててしまった。
あれだ。明日○ジョー的な状態だ。
燃え尽きた。
燃え尽き症候群。
…………。
あー。
雲一つない空、海みたいな草原。そこを俺は歩き続けて、歩いて、歩いて、歩いて、もう十分くらい経ったのかな。
何にも、ない。
もう一度言う。
何にも、ない。
大事なことなので以下略。
青空はずーっと続き、草原もずーっと続き、……それだけなのだ。
「何もねえ……」
遠くに山が見えることも、一軒だけポツンと家が建っていることも、なかった。見渡す限りの、草、草、草、草草草。
草だらけすぎて、草が枯れちゃう。
大草原なのに、草が枯れちゃう。
会社よ、確かにお前のことは嫌いだった。嫌いすぎて、嫌いすぎて、もはや憎んでいた。黒いし、黒いし、黒いし、さ。俺、お前のこと許せねえって、ずっと思ってた。
でも、今になって、いや、今だからこそ、言わせてくれ。こんな意味不明な状況に陥っちゃった今、俺はその考えを改めようと思う。
会社よ、お前が手厳しかったことは確かだ。でもお前は、俺に居場所を与えてくれていたんだな。パシられるような毎日で、辛さのあまり涙を流したことさえあったけど。
それでも!
あそこには、「おい、ハジメ」と俺の名前を呼んでくれる人がいた。……ここには、いない。
名前を呼んでくれる人どころか、誰もいない。
俺だけ。
オンリー、俺。
「すまなかったあああああ!」
今一度放たれるそんな叫び声も、誰にも届かない。強い風が吹いた。強い風に呑み込まれるようにして、俺の謝罪は空中に消えた。
風が気持ちいい。
青空も草原も、残酷なくらいに気持ちいい。こんな場所が東京に一つでもあったら、日本はもっと良くなっていたんじゃないか。荒んだ国も、少しは改善されていたんじゃないか。
そういうのって、大事だよな! ゆとりって、大事だよな!
なんてことを考えても、遅い。遅すぎる。そういうことは、会社にいた時に考えるべきだった。
後の祭り。後の祭り。後の祭り。
俺は歩いた。
ええい、ぐじぐじ考えていたって、何にもならねえ! そんなのは無駄なことだ!
そうだ。こういう時にこそ考えることを止めて、いざ、行動あるのみ。歩かねば。このままでは死んでしまう。砂漠でもないのに、飢え死にしてしまう。
何とかして、何とかしなければ。
最悪、草原の草を食べるという手もあるが、草を枯らすのではなく、草を食すという手もあるのだが、それは是非とも、最後の最後にとっておきたい手段である。
「……最後……」
その『最後』が先か、『最期』が先かは、残念ながら、今の俺の思考能力ではさばき切れなかった。
とにかく、歩く。
歩く。
歩く。
歩く。……。




