第09話 巨人
翌日。
どうも俺は日常的な日常を遠ざけてしまう体質であるらしい。と、いうことが判明する。変な世界に跳ばされて、草原を死ぬほど歩いて、人を見つけたと思ったら激烈な過去を持っていて、コウモリに手を噛まれて、今に至る。この流れはどうしたって日常的とは言えなかった。
こうしている現在も、日常的とは言えなかった。
と、いうのも。
その朝、俺とシトルフとコウちゃんは、謎の地鳴りと共に目覚めた。
ドカーン、ドカーン、ドカーン、……。
「なんだなんだ?」
「なんでしょう?」
「キャッ、キャッ」
二人と一匹は慌てて、転がるように外へ飛び出す。これは、万が一建物が崩れてしまった時に、生き埋めにならぬようにという目的から起きた行動であったのだが、結果を言ってしまえばそれで、その地鳴りが、自然災害的に発生した地鳴りでないことが分かった。
巨人の足踏みによる地鳴りだった。
「うわあああああ⁉」
映画と漫画とアニメでしか見たことのない巨人がいた。十メートルくらいだろうか。ぼろい服を着て、頭に一本のツノがあって、一つ目だった。
「何だよ、あれ⁉」
小屋からはいくらか離れてるが、その巨人はこっちを見ている。マジで怖いそれを指差して、俺は隣に立つシトルフに尋ねる。
「たぶん、コウちゃんと同じじゃないかな……」
「同じ……」
コウちゃんと同じということは、つまりは俺とも同じということで。
つまりはあいつも、この世界とは別の世界から来たってわけか。
そんなポンポン来るもんなのか?
しかも、でかいし。
コウモリが巨大なら、人も巨大。というわけではないのだろうが。
「あの子、起こすために、あんな足踏みしてたんじゃないかしら……」
「え」
そう言われてみれば確かに、その巨人はもう、地面を踏み鳴らしてはいなかった。俺たちが小屋から出たからなのかどうかは怪しいが、巨人は未だにこちらを、穴が開きそうなほどに、じーっと見つめている。一つ目だからそれだけでも怖い。
「キャッ、キャッ」
と、ここで、コウちゃんが動いた。コウちゃんは巨人の頭のもとまで飛んでいくと、何やら巨人とコミュニケーションらしきものをとっている。それは、或いはジェスチャーであったり、また或いはアイコンタクトであったり、時には鳴き声(うー、あー、うー、が巨人の鳴き声だった。鳴き声というより、それが巨人の言語なのだろうか)だったりであった。
「あんなんでコミュニケーションできるのか?」
「さ、さあ……どうかな……?」
飼い主、ペット間みたいな、『何となくコミュニケーション』なのだろうか。しばらくはそうやってやり取りしていたコウちゃんは、それからこちらに戻ってきた。
「キャッ、キャッ」
いやでも、巨人との通訳を頑張ってくれてんのは有難いけど、俺たちはお前の言語が分からねえよ。
「えっ、知らない場所に来て戸惑ってた⁉」
「分かんの⁉」
衝撃。
シトルフはコウモリとコミュニケーション可。
「小屋があったからそこの人に助けてもらえると思った、ですって」
「はあ……」
それで、地面を揺らしてたのか。まあ、あの岩みたいな拳でノックされたら、小屋がひとたまりもないだろうから、その気遣いには感謝だった。
「もとの世界に帰りたいそうです」
「でも、助けるったって、帰りたいったって、どうすんだ? 力になれるのか?」
「それっ」
それっ?
え、何?
まさか。
まさかそれで、あの巨人はもとの世界に帰れたというのか?
そんな簡素すぎる三文字だけで、あの十メートルの巨人を送り返せるとでもいうのか?
ははん、そんな馬鹿みたいな話、あるわけ。
「巨人いねえし!」
「無事に帰れたみたいです」
「はっや!」
先ほどまでそこに立っていた巨人は、俺が目を離したすきに、跡形もなく消えていた。
魔法がひたすらに凄い。
というかシトルフが凄い。