【十三章】危険信号 〜侵される精神〜 1
【削除のお知らせ】
クロス・ガーディアンを読んで下さっている皆様にお知らせです。
この度、読みづらいということと、ラストがグダグダしているという理由で、クロスを削除することにしました。
8月10日より、毎日一話ずつ削除をしていく予定です。
リメイク版のアップ予定は今のところ未定ですが、なるべく努力はしたいと思います。
ではでは、いつかまた会いましょう(´艸`)
有澤透真
夕方、初めての本格的なデートを満喫した二人は、華園の駐車場に車を停め、要の車との間で隠れるように唇を重ねていた。
絡められた力の右手と姫の左手。
その薬指には、結婚を誓った証が婚約指輪という形になって表れていた。
力が、左手ではなく右手に指輪をしているのは、銃を握ったときに傷をつけない為。
彼は名残惜しそうに唇を離し、彼女の首元にキスでもするかのように顔を埋めた。
獣が嗅覚に小さな刺激を伝わせる。
「俺と同じ匂い……」
ベッドの上で身を擦り寄せ、マーキングされた姫の体からは、彼のスパイスの香水がほんのりと漂っていた。
姫には判別がつかないくらい微弱な匂いでも、鼻の冴える彼には手に取るように感じられる。
見夜都との行為もそれで明らかになってしまったが、彼は素知らぬ顔で『それがどうかした?』と逆に聞いてきた。
力曰く、過去をいちいち咎めてしまえば、処女としか付き合えなくなってしまうとのこと。
姫が見夜都と関係を持ったのは、つい先日のことだったが、彼女が力の全てを受け入れたことが、見夜都との行為を『過去』と呼べるものにしたらしい。
二人は指輪をはめた手をしっかりと繋いで、部屋に向かう。
しかし、ふっ、と力が歩みを止めてしまった。
そのライオン頭が瞬時に背後を見返る。
力は敏感に察知していた。
遠くから一台のスポーツカーが、一発免停を食らうであろう猛スピードで、通りを突っ切ってきたのを。
そのまま彼らの前でタイヤ痕とブレーキ音を引き残しながら急停車した。
シルバーの、グラーヴェ。
運転手は見夜都、ではなくファラオだった。
気まずい、と思うより先に、余裕を一ミリも感じさせない彼の強張った表情が、悪い予感を走らせる。
それを二重に、その上、確定的にするかのように、切羽詰まった顔の要が部屋のドアを手荒に閉めて表に飛び出してきた。
階段を突っ走る彼の鮮血の眼も、黒豹と化している。
殺し屋達のただならぬ緊迫感に汗を滲ませながら、『何かあったんだ』と、力は眉を顰めていた。
その尖った感覚に、建物の隙間から銃口を向ける散らばった気配が、堰を切ったように流れ込んでくる。
突発的に腰に手を向ける力だったが、ファラオは運転席の窓から、黒豹は走りながらとっくに銃を放っていた。
飛び交う爆音に混じる、黒豹の叫び声。
「そんなとこに突っ立ってんじゃねえよ! 邪魔だ、どけ王子!!」
殺し屋に切り替わると容赦なく暴言と悪態を突く黒豹が、次々と力の先にいる敵を狙撃しながら怒りをたぎらせていた。
「乗れ! 説明は後でする!」
ファラオは銃撃しながら助手席の窓を開け、声を張り上げた。
ただ事ではない雰囲気に少しだけ気後れしながらも、力と姫は後部座席に乗り込む。
「後は任せる!」
ファラオに言われた黒豹は、顎を振り上げ『とっとと行け』と合図して、残る敵と応戦した。
アクセルを全開にして急発進した車の中で、ハンドルを握る見夜都。
バックミラーを介して、冷たいブルーの眼が状況を告げた。
「荻野と連絡が途絶えた。GPSも電話も繋がらない」
運転席のすぐ後ろでそれを聞いていた力は、彼がそんなことで焦る理由がさっぱり解せなかった。
携帯電話なんだから電源を切っている可能性もあれば、単純に充電が尽きてしまっただけかもしれない。
心で呟いた疑念を音にしようとしたとき、力の言葉を遮るように見夜都が継いだ。
「情報屋から聞いた話だが、姫の母親が殺し屋を大量に雇ったそうだ。それを受けて、田口から姫のガードに回るようにと命令があった。しかし、それから間を置かず、黒豹からの電話で荻野と連絡が取れなくなったと知ったんだ」
「――!!」
いち早く顔色で反応を顕著に示したのは、力ではなく姫だった。
徹底的に自分を消そうと動き出す暗殺者の声なきメッセージが身の毛をよだたせる。
「総力戦がいつ起きてもおかしくない今、荻野と連絡が途絶えたということを安易に見過ごすわけにはいかない。最悪、」
「分かった。もういい、見夜都」
見夜都が言おうとしたその先は、力にも難儀なく推し量ることが出来た。
最悪、
すでに命を落としているかもしれない、
と。
「黒豹と手分けして最後に彼がいた周辺を探す。二人は注意して外を見ていてくれ」
その言葉に二人は応えて、夕映えの下に祈る気持ちで祐也の姿や足跡を探した。
最後に彼の所在が確認されたのは神奈川県。
日が落ちて夜が訪れた海沿いの山道を、ハイビームで照らしながら低速で走っていた。
車内も暗くなり、使いもしないカーステレオとナビだけがやけに眩しい光を散らす。
この暗闇の中で彼の愛車、漆黒のスラストを肉眼で見つけ出すのは極めて困難と言えた。
その時、対向車線を走ってきた車がライトを下向きに変えたにも関わらず、二回パッシングをしてきた。
車は白いイリュージョン。
逆方向から捜索していた要だった。
二台は後ろから車が来ないことを確認した上で停車し、窓を開ける。
「いたか?」
「見つかってねぇよ。そっちはどうだ?」
「こっちもまだ探しているところだ」
「……。一旦話し合おうぜ……」
「……そうだな」
要と見夜都は、すぐ近くにあった岬でひとまず捜索ルートを練り直すことにした。
岬に着き、駐車したまさにその瞬間。
何かに気付いた四人の表情が、困惑色を打ち出していた。
イリュージョンのヘッドライトに照らされた、夜の岬の静寂。
その左端に、
誰かがいる。
左腕を少しだけ浮かび上がらせた人物は、顔も見えなければ性別すらも分からない。
夜の闇に紛れた色白の腕は、一瞬、幽霊を見てしまったのかと勘違いするくらいに不気味だった。
「荻野……!」
たったそれだけで、見夜都はその人物が祐也だと判断出来た。
動いた時に銃の立てる僅かな音で、彼の銃『SPD TYPE B』だと分かったからだ。
その銃は自己流でカスタマイズしてある為、他の同じ銃とは音の特徴が違い、見夜都には容易く区別がつけられる。
要の車の右隣に横付けされた見夜都の車。
その開けられた運転席の窓から、祐也の名前を呼んだバイオリンの声は、著しく低音だった。
それは、安堵感の表れではない。
むしろ、全く対照のもの。
車を左に旋回させて、要は完全に彼をライトで照らし出す。
そこには、力、姫、更に要にも想像の及ばなかった、そして、見夜都の予想を外れなかった光景が広がっていた。
車を降りた四人は彼よりも、その下に目線が奪われる。
すぐさま、力は姫の顔を胸に押しつけた。
祐也の足元には、恐らく彼を襲ってきたのであろう、殺し屋達の無惨な姿。
赤黒い血で塗り替えられた草の中に転がるそれは、狙って撃ったとは言えないほどの散弾を浴びて息絶えていた。
その中心に佇む、彼。
まるでどこを見ているのか分からない、焦点の不確かな紫の眼は、生気を完璧に失っている。
垂らした右手には、銃。
制服と顔、腕に至るまで全身は血にまみれ、
口元は引きつり、
おぞましさを感じさせる程に、笑っていた。
誰が見たとしても、一目で分かる、彼の異変。
それは、自分の中の獣、即ち異常な精神を全て解き放ってしまった姿だった。
獣を表に出しても、残る正常な精神でそれを押さえつけている力達に対し、彼は、初めての殺人を犯したことが引き金になり、正常な精神の防壁が破壊され、完全に獣に食われてしまっていた。
そこに残されたものは、
――狂気。
邪心を添えたキレのある低い声が、気味の悪い言葉を吐く。
「……俺は悪くない。……かかってくるから殺られるんだ。……俺は、……正しいことをしたんだ。……馬鹿な奴らを、ぶっ殺してやったんだから。……ふふふ…、……あははは…。……アハハッ! ハハハハッ!!」
力と姫、要に強い戦慄が走った。
力のように、人命を奪うことのなかった祐也が、
人を殺した。
そして今、目の前で爆発的な狂気を生み出し、笑い崩れている。
精神崩壊を引き起こす程の激しい衝撃に心を蝕まれ、泣くことさえも出来ずに。
力は彼の異質な様子に危険を感じ、思わず姫を自分の後ろに下げた。
祐也以外の四人の中で唯一、それを『普通の反応』だと受け取れた人物はたった一人。
見夜都だった。
今、対峙しているのは、
過去の自分。
悪夢に手を引かれ、無理心中の幻覚に囚われた十三歳の少年が犯した、無差別殺人。
その血だまりの中で消えた、襲いかかる父の幻。
そして、
帰らなければ良かった
現実という名の、
更なる残酷な悪夢。
突如として、
『っあぁぁああああァァーーー!!』
侵された精神。
見夜都は、すぐ間近に迫る彼の行く先を、
……見てしまった。




