【十二章】孤独の獣の守るべきもの 2
【削除のお知らせ】
クロス・ガーディアンを読んで下さっている皆様にお知らせです。
この度、読みづらいということと、ラストがグダグダしているという理由で、クロスを削除することにしました。
8月10日より、毎日一話ずつ削除をしていく予定です。
リメイク版のアップ予定は今のところ未定ですが、なるべく努力はしたいと思います。
ではでは、いつかまた会いましょう(´艸`)
有澤透真
――翌日、夜
力は栃木県の実家があった山岳地帯からかなり離れた場所にいた。
街中から大通りを挟み、ひっそりと存在する、寂れた商店街『ニコニコ通り』。
その殆どが街の大型店舗の参入に伴って営業を止めてしまい、今では民家として機能していた。
シャッターが一日中降り、不気味な静けさの漂うその通りにつけられた不名誉な別名称は『幽霊通り』。
本物がいるとしたなら、それはかつての彼の身内だろう。
仰いだ空から、小雨が音のない霧のように降り注ぎ、じとじとした嫌な風が肌に纏わりつく。
力はその傍らに路駐し、アーケードの下で足元に眼をやった。
車を寄せたガードレールの下に、この場所で事故に巻き込まれて亡くなった母の好きだった酒がポツンと置いてある。
墓の中に眠っている父が供えられるわけはない。
こんな好物までも知り尽くした間柄の人間なんて、数えてしまえば腐るほどいるだろう。
母は無類の男好き。
いや、『母』とすら呼べないくらいに母親としての役目は果たしていなかった。
むしろ、あれは『女』でしかない。
力は、自分が母に似て女好きなんだとすっかり思い込んでいた。
しかし、本当は女や性行為が好きなのではなく、絶えず『愛されてる』と実感できないと、自分の脆い存在意義を保てなくなってしまうだけだった。
商売人を相手にできない理由もそこから来ていることに、彼は気付いていない。
幼かった力と、手すら繋いでくれなかった母。
力を置き去りにして男の所に行き、家には帰ってこなかった母。
命以外は、何も与えてくれなかった母。
……何度となく、孤独な少年は母に憎しみを抱いた。
こんな、何の為に生きているのか分からなくなってしまう人生ならば、生まれて来たくなどなかった、と。
「美里さんのお子さんかい?」
後ろからどこかで聴いたことがある声がして力が振り向くと、やはりどこかで会ったことがあるような感じの男が立っていた。
でも、歯痒さが沸いてくる程、誰なのかが思い出せない。
「……母の知り合いですか?」
「うーん、そうかもしれないし、違うかもしれないね」
男が投げた言葉は、この上なく中途半端でぼやけた回答だった。
彼には、その薄っぺらな伏せ方をした真意なんてすぐに解せる。
「愛人でしょ……? 隠さなくても大丈夫ですよ。全部知ってますから」
向かい合う母の愛人は、ジュースを買いにちょっと出てきたというイメージを持たせるくらいラフな格好をした、中年の無精髭を生やしたおじさんだった。
犬顔で優しそうな、柔らかい雰囲気を持っているから、初対面なのにとっつきやすい。
でも力は、どこか哀愁感をその全体から醸し出しているようにも感じていた。
「……君、何歳?」
「じゅ……」
条件反射で、うっかり実年齢を口走るところだった。
しかし、世間的に自分は車を運転していい年齢。
証拠物がすぐ前に停めてあるから実年齢は言ってはいけない。
「……十八歳です」
男はそれを聞くと、肩を落としたように頭をもたげ、弱々しく鼻で笑った。
「……そっか。美里さんは嘘つきだったからなぁ。お兄ちゃんがいたのか」
ポツリと呟くその話の意味は、大事な部分が欠落していて簡単には飲み込めない。
しかし、その足りない部分はすぐに繋がれた。
「僕と美里さんの間には子供がいたんだよ。会ったこともないけれど……。今十七歳だから君の、弟になるね」
「……!」
急加速で全ての疑問が一度に解かれた。
そうだ。
どこかで見たこの顔は、
――自分。
きっと今、眉間にシワが寄ってるんじゃないか。
急いで『驚愕』を『平静』に塗り替えなければならないのに、本物の父を前にどんな顔を向けたらいいのか、それすら判断がつかなかった。
アーケードの上にポツポツと降り注ぐ小雨が一塊の滴になって、滑り落ちては地面に弾ける。
「弟君は元気かい?」
自分のことを案じてくれてる父の声は、力の元々甘いテノールの声と瓜二つだった。
「……ええ、元気……です」
動揺してます、と言い放っているような、泳ぎまくった彼の眼。
その緑色に映る父の髪の色も、同じライオン色だ。
「……じゃあ、僕だけなんだな。美里さんが亡くなってから、立ち止まったままなのは」
寂しさが伝染してしまいそうなダークブルーのテンションまで、一緒だった。
未来の自分と話せるとしたら、きっと今と同じ感覚なんだろう。
彼は湿っぽい風に髪を揺らしながら、タバコを出す父に返した。
「……忘れられないんですか? 母のこと」
「ん? 別にそういうわけじゃないんだ。ただ、新しく誰かを愛することが出来ないんだよ。失うのが怖くて……」
途端に、
嫌な風が、ピタリと止んだ。
「だったら、次は守ればいいじゃないですか」
そう言った、
直後より早く、
力はハッとした。
父に放ったはずの言葉が、
自分に跳ね返ってきて、衝撃を与えたから。
愛も何も、最後に失うのなら、いらないと思っていた自分に。
答えは、誰でもない自分が、一番知っていた。
失わない為に、どうするべきか。
その答えを。
(俺は……彼女を忘れることなんて出来ない)
(……振り向いて欲しいんじゃない)
(誰のものでもいいから、他に何もいらないから、ただ傍にいて)
同時に、心に生まれた使命感と、もう一つの感情。
(守りたい……。彼女を失わないために……!)
力はとっさに蹴り出していた。
ガードレールを一気に飛び越えて、
アクセルを踏み込んで、
姫のもとへ。
「……ははっ、置いて行かれちゃった。頭に血が上ると前が見えなくなる所まで僕にそっくりだな……。……嘘つきなところは美里さん似かな……」
――
午前二時
寝返りを打ったときに背中が痛んで、姫は目を開けた。
視界に投影された景色が、おかしい。
部屋の窓辺に座っていたはずの自分が、知らないうちに寝てしまっていたのは納得がいった。
でも、
「おはよ」
ここが力の車の車内で、更に目の前には出て行ってしまったはずの力の姿がある点は、どう説明がされるのか分からない。
「窓のとこに寄りかかったまま寝てたし、起きたら話したいことがあったから誘拐してきた」
いつもより声の抑揚の少ない力も運転席のシートを倒して、姫と同じ目線で寝そべっていた。
その眼が、キャミソールに隠れていない姫の胸元にいく。
彼女は思わず胸元を手で覆った。
恥ずかしいからではなく、力に見られたくない痕を隠すために。
しかし、鼻のきく力には、彼女の相手が見夜都だということすらバレバレだった。
「力……、ごめんなさい、あの……、えっと……な、何だっけ」
合わせる顔がないと思っていた姫は、謝るセリフを用意していない。
言い訳を必死で探しているような様子の彼女を見ると、力がしょうもなさそうに小さく笑って、儚い声を上げた。
「姫。……お前が誰を好きでもいい。それでも俺はお前だけを守っていたい。……ずっと、……俺を離さないでいてくれないか?」
「――!」
その、『好き』から見返りを求める気持ちを引いたものが、瞬間的、といえる程のスピードで姫の眼から涙を溢れさせた。
「……リキ」
色んな感情が入り混じって、まるで纏まりがついてくれない。
「リキ……ッ」
彼女は涙をボロボロこぼしながら、形にならない感情を告げる為に、離れた運転席に両手を伸ばした。
「リキ……ッ!」
それだけでも、想いは十分に届いていた。
力は穏やかに、優しく笑って車を降りる。
もっと、隙間を持てないくらいの距離で抱き合いたくて。
助手席のドアを開けて、シートから泣きじゃくる彼女を引きずり出すと、
感じた愛を、
体全部で受け止めた。
ぐずりながら胸で泣く彼女の頭を撫でながら、強く抱き締める。
いつの間にか、身長が170cmまで伸びていた彼は、腕の中の小さな彼女を見下ろした。
沢山ありすぎる『言いたい言葉』は飲み込まれて、全ての想いを伝えられる方法に変えられる。
車のボディに押し付けた姫に、唇は触れそうなほどに近づけられた。
「……愛してる、姫」
聞かなくても分かる返事など待たなかった。
息苦しさを感じ、腰が砕けてしまいそうなまでに上手で激しいキスが唇を塞いだ。
繰り返し、何度も舌を絡め合ってお互いが愛を伝える。
その腕に、嬉しい不自由さを抱き締めて、彼はやっと見つけ出した。
ガーディアンとして守るべきものではなく、男として守るべきものを。
本当はいつまでもキスをしていたかった。
しかし、止んだはずの雨が降ってきて、二人を引き離す。
直後、離した姫の唇から飛び出した言葉は、プレイボーイを完敗させる囁きだった。
「……力が見た夢、あたしにも見させて」
不意を突かれて、顔を熱で染めながら力は都合の悪そうな顔をした。
(あいつら、んな事まで教えてたのか……)
二人の迷走した思いは、やっと終着点に辿り着く。
助手席に姫を乗せた車内では、楽しげな会話が交わされていた。
「学校ズル休み決定だな。ついでにデートでもするか!」
「ほんと?! やった! じゃあアイス食べにいこう!」
「え〜? またアイスかよ」
「半分こしようね!」
「……そうだなー。口移しならアイスでもいいけど」
「移す前に溶けちゃうじゃん」
力は車を走らせながら心で暖かく感じた。
――母さん、
産んでくれて、
ありがと。




