【最終章】十字架の獅子 2(最終回)
【削除のお知らせ】
クロス・ガーディアンを読んで下さっている皆様にお知らせです。
この度、読みづらいということと、ラストがグダグダしているという理由で、クロスを削除することにしました。
8月10日より、毎日一話ずつ削除をしていく予定です。
リメイク版のアップ予定は今のところ未定ですが、なるべく努力はしたいと思います。
ではでは、いつかまた会いましょう(´艸`)
有澤透真
――深夜
とある海辺には、ざわめく波音と銃声の不協和音が行き交っていた。
ティガーから放たれる赤い閃光は、彼の足元で既に息絶えている男を執拗に撃ち抜く。
幾度も腕を跳ね上げて、見夜都は物言わぬ亡骸に銃弾と罵声をぶつけていた。
「貴様があの時、私を殺していれば……!! どうしてしっかりと狙わなかった?! それで殺し屋などと名乗るな!!」
彼は、姫が銃弾を受けてから、ずっとこの男を探していた。
そして今夜、やっと恨みの対象を見つけ出し、完膚無きまでに復讐を果たしたのである。
しかし、
何度となく貫いても、込み上げる怒りはまだ鎮静することを知らない。
見夜都の右手に残された最後の銃弾は、突っ伏した黒い短髪の頭に突きつけられた。
目には目を……と言わんばかりに。
はらわたの煮えくり返るような憤りは、完全に我を失わせている。
射撃を誤ったこの男と、間近に居ながら彼女を守れなかった不甲斐ない自分への怒り。
それが、黒以外の感情を全て、闇色に塗り潰してしまったのだろう。
彼の人差し指は、姫が味わった苦痛を男に跳ね返す為、トリガーにかけられる。
しかし、
直線の海沿いを猛スピードで接近するエンジン音が、彼の時間をピタリと制止させた。
轟音につんのめるようなブレーキがかけられ、暫くして、腰で鳴らした金属音と人影が近付く。
見夜都の、少し短くなった薄茶の髪を振った先にいたのは、一人の殺し屋の姿だ。
金色の瞳で彼を凛と見下ろしている、『十字架の獅子』という通り名の。
「……あーあ、間に合わなかったか」
ライオン頭を掻き毟りながら石段を降りて、力は足を取られつつも砂を一歩ずつ踏み締める。
そして、まだティガーの向けられている這い蹲ったスーツの襟を掴み上げ、絶命した体をズルズルと重そうに引き摺った。
「……何を!」
見夜都の声を遮断した耳は、そのまま海に足を浸して、死体を最後の残弾から逃がすように放り投げる。
飛び込ませた体は、水飛沫を高く跳ね散らした。
そして、自らの血が溶け込んだ紅い水にひたひたと晒される。
海原に砂を引き連れては、また細かい泡を弾きながらやって来る流れ。
白いジャケットの襟を飾る毛皮を、同色の髪とともに揺らめかす背中は、
「虚しいだろ……」
と、群青の浜辺に佇み、湿っぽい潮風に語りかけた。
寄せる波音に浚われそうな程小さく、しかし強く留まるその響き。
見透かされていたのは、見夜都の心の模様だ。
しかし、
まだ悔しさが晴れぬ胸は、素直に首を縦に振ることを許さない。
「……聞いてくれ。お前がどう思ってもいいから」
海からびしょびしょになってしまった足を引き上げ、力は、見夜都が口元を強ばらせて立ち尽くす隣に座った。
「俺もさ……復讐したくて殺し屋になったんだよ。お前なら情報屋あたりから聞いて知ってるだろ?」
「ああ……。通り名だけですぐに分かった」
「……そんでさ、殺し屋になるって決めた時、要が止めてくれたんだ。あいつ、同じ理由でこの世界に踏み込んだ経験者だから、最初は説得力無いなって思っただけで聞く耳なんか持たなかったけど……。結局、姫を撃った奴を探して俺は何人も殺し屋を殺ったんだけどさ……でも、今になって要が言ってたことの意味が分かった気がする……。『自分が汚れる以外は何も変わらない』って……」
突っ立ったまま、口を結んで深慮している様子の見夜都。
その険しい姿を下から仰ぎ見て、力は彼と逆さまの和やかな微笑を浮かべた。
「なぁ、見夜都……。車の後ろに乗ってる姫、見てみろよ」
「……」
ブルーの眼が力の頭上を睨むように伏せ、まばたきを兼ねてスラストの後部座席に移される。
そこにいたのは、窓に両手をべったりとつけ、ぼんやりと明後日の方向を眺めている姫だった。
何が言いたいのか、と怪訝そうに視線を返した見夜都に、力の甘ったるい声が告げた。
「あいつ、最近ちょっと笑ってくれるようになってさ、お前が家に戻らなかった間に俺と要と祐也で誰が一番姫を笑わせられるかって遊んでたんだよ。……勝負に勝ったの、誰だったと思う?」
予期せぬ質問。
だが、考えずとも明瞭な答えは間を置かずに口を出た。
「……お前だろう?」
姫が自分のことを一番に想っているという自慢でもしたいのか……と、俄かに蔑んだ見夜都。
一方、思った通りの答えを貰った力は、
「いや……、俺じゃなかったんだよ」
と寂し気に呟き、繋いだ。
「勝ったのは庭にあった雑草だ……。何て名前の花なのかも分かんねえけど、勝手に生えてきたやつ……。俺らが必死こいて笑わそうとしてたのに、そんなもん見てニコニコしてたんだよ……姫」
寄せていた眉を緩めた見夜都は、まだ半透明だが力が伝えたいことを何となく理解出来た気がした。
今の自分達は、雑草以上に姫を笑わせることが出来ない。
彼女は綺麗なものが好きだから。
「俺達には何ともないものでも、あいつには綺麗に映ってるみたいだぜ? 姫には汚いものもちゃんと見えてるみたいだし……」
力は砂を振り払いながら歩き出し、波打ち際で腰から抜いた銃を見つめていた。
「……曲がった感覚で真っ直ぐなもの見たって綺麗になんか見えるわけないもんな。……俺達が真っ直ぐに思ってるものって全部曲がってるんだよ。……姫が教えてくれたことだけど……」
そして、抜いたマガジンを打ち寄せる波に託し、助走をつけて勢いよく腕を振り払った。
胸の十字架が大きく揺さぶられ、左手は黒い曲線を空に放つ。
――ポチャッ……
誰の手にも届かない遠くの海底に、銃は沈んでいった。
「……力?」
「俺、もうやめるわ。こんなものが無くても……もう、姫と一緒に生きていけるから」
そう言いながら振り向いた力には、自信に満たされた強い笑顔。
そこへ、
道路脇に停められた車から降りた祐也と要が、砂を踏んで姿を現した。
二人の手にも、既に決心がある。
「そろそろ俺様も黒豹やめてヤギに戻るか……」
足を踏み出しながらマガジンを抜いた要は、二挺の銃を名残惜しむこともなく、大振りした腕で一気に手放した。
復讐から始まった、五年間の殺し屋生活に終わりを告げて。
「黒豹! ……お前まで」
殺し屋歴の長い彼までもが、こんな行動に出るとは思っていなかった見夜都。
その驚きに、
「黒豹じゃなくて『要』だ」
と、鮮血の眼がわざわざ名前を訂正した。
(親父達……喜んでくれるよな……)
ずば抜けた視力を持つ眼には、はっきりと追いかけられた銃の軌道。
静かに揺れる水面にそれが消えたのを確かめた彼には、やっと人に戻れたような、不思議な程さっぱりとした心地よさが巡っている。
波打ち際に佇む要と力の後ろでは、祐也が足元の砂をスニーカーで軽く掘り、浅くあけた穴に銃をポイッと投げ捨てて、また足で砂をサッとかけた。
「祐也、せめてマガジンくらい抜けよ。子供が見つけたらどうすんだよ」
力の呆れた声に、祐也は無愛想な顔をちっとも変えない。
「どうせ俺以外撃てない銃だから大丈夫だ」
「そういう問題じゃねえよ。火薬が……」
見かねた要が割り込んだ、
その時、
「キャンキャンキャン!」
どこからともなく走ってきた甲高い犬の声。
首輪もなければ白っぽい薄茶の毛も汚れた犬は、いかにも捨てられたという雰囲気だ。
まだそんなに大きくもない、ポメラニアンと何かの間に生まれた雑種だろうか。
犬の足が、たった今埋めたばかりの祐也の足元で止まり、クンクンと鼻を鳴らし始めた。
そして、前足が砂をシャッシャッ、と掻いて掘り返す。
「……オイ、犬」
低い呟きの下で、見つけた黒い宝物を口にくわえたご機嫌な犬は、軽快に駆け出した。
似た髪の色をした、見夜都のもとへ。
「キャンキャン!」
祐也の銃を革靴の上に置き、尻尾をぶんぶん振りながら何かを訴えている犬。
毛の色から仲間だと思われたのだろうか。
「……ぶっ」
「……王子、我慢しろよ! つられるじゃねぇか……!」
引きつった小声で力の腕を小突いた要。
二人がこそこそと笑いを噛み殺す中で、見夜都は突然のハプニングにただひたすらきょとんとしていた。
やがて、
「……フッ」
鼻で笑い、しゃがみこんで犬に語りかける。
「なかなか可愛いな……。私の妻になるか?」
「キャンキャン!」
たまに独特な言い回しをする見夜都。
「ならば一緒に帰って風呂にでも入ろうか……ティガー」
更に、瞬間的に決められた名前は、とんでもなく物騒だった。
見夜都は腰に挿した銃を、たった一瞬の躊躇の後、砂に捨てて、新しいティガーを抱き上げた。
しかし、
落としたブルーの目線には、結婚詐欺の『証拠』。
「……オスか貴様」
「キャンキャン!」
「……ぶふッ! ハハハハッ!!」
たまらず四人は噴き出してしまった。
その楽しげな光景に引き寄せられたのだろうか。
車のドアがバタンと閉まり、姫がひとりでに砂浜と車道を隔てる縁石にふわりと腰を下ろした。
ワンピースの裾を散らす秋口の潮風は、僅かに冷たく刺さる。
風邪をひかないようにとジャケットを脱ぎながら歩き出す力の背後では、要が祐也と見夜都の銃を投げ捨て、海の深くに沈ませた。
――その後、
数分も挟まずに、地平線の遥か向こうから『今日』を迎えた光が、眩しく五人と一匹を照らし出した。
どうやら優しく微笑む彼女は、これが見たかったらしい。
力と要は姫の隣によじ登り、両側を仲良く挟んで、一緒の朝日を穏やかに見つめた。
ティガーを抱えた見夜都は、浜辺に立ったままテイルコートを翻し、体だけ向き直る。
残った祐也は……さっさと車に乗り込んでしまった。
運転席のシートに背中を預けてよぎらせたのは、今となっては自分一人だけのものになった、秘密。
「……美緒。お前とももうお別れしなくちゃな……。俺がそっちに行ったらまた友達からやり直そう……。……その頃には俺だけ爺さんで、若いお前は見向きもしないかも知れないが……」
この、空に宛てた独り言を聞かれたくなかったのだろう。
……彼女がいなくなってから、暗く落ちてしまった世界。
でも、今日は随分とこの眼に飛び込むものが違って見える。
一概に、ここは辛い場所とは言い切れないのかも知れない。
心の在り方一つだけで、簡単に色が様変わりしてしまう世界だけど……。
「……さてと、行くか!」
明るく染められた背中は、それぞれの愛で変えられた、全く違う明日へと踏み出した。
自分の歩きやすい歩幅で、自分の選んだ目的地を手に。
――どうか……
明日もこの眼が、大切なものを映し出せますように――
そう、願いながら。
―END―




