【十六章】RIght KIng 4
【削除のお知らせ】
クロス・ガーディアンを読んで下さっている皆様にお知らせです。
この度、読みづらいということと、ラストがグダグダしているという理由で、クロスを削除することにしました。
8月10日より、毎日一話ずつ削除をしていく予定です。
リメイク版のアップ予定は今のところ未定ですが、なるべく努力はしたいと思います。
ではでは、いつかまた会いましょう(´艸`)
有澤透真
嗅覚に焦げ付く臭いが伝う。
それもその筈、姫の部屋にあったランプが何者かに倒され、全てを消滅させるべく、周囲は瞬く間に炎の渦に飲まれていた。
祐也が倒れていた床には、血の円だけが残されている。
落ちる間際の線香花火のような命は、煙に覆い尽くされた屋敷から連れ出されていた。
ルールを無視し、それでもどんどんスピードを上げるスラストの車内で、倒された助手席に車の持ち主である祐也が、気の遠くなる激痛に呻くことさえ出来ずに横たわっている。
運転している要は、自分の眼と同じ色に染まった祐也の腹をチラチラと、焦りながら気にしつつ、赤信号を躊躇せずに突っ切った。
――キキィッ!
いきなり前を横切って現れた漆黒の影に驚き、アスファルトにブレーキ痕を引いて急停車する車。
「赤信号だぞ! 何考えてんだよ馬鹿野郎っ!!」
エンジン音がうるさくて聞こえはしないが、遠のく背中からそんな怒号を感じる。
(馬鹿野郎でも何でもいいぜ! こっちだってもう黄色が点滅してんだよ……!!)
――
一方、イリュージョンが路駐された屋敷の門には、姫だけが座り込んでいた。
心地よくなどない暖かい風が、呆然とした髪を揺らす。
見開いた水色の眼は、褪せた記憶を焼き尽くしていく炎を映し出し、灰色に染まっていた。
十数分前に、要と見夜都、そして姫の三人で駆けつけた時には既に火の手が上がり、彼女は一人でここに残るように言われてからテイルコートを抱いたまま動けずにいる。
力と祐也を探しに炎の中に飛び込んでいった要と見夜都。
二人は、屋敷に入った直後、二階で倒れていた祐也を見つけ出した。
一番スピードの出る彼の車を借りて、要は今、病院へ向かっている。
そして、見夜都はまだ戻らない。
力が見つかっていなかったのだ。
灼熱のオレンジ色を燃え上がらせた屋敷の中を、見夜都はあっちに行っては火の壁、こっちに行ってはドアが開かない、と彷徨う。
(……失敗したな! やはり黒豹をここに残すべきだった)
祐也を助け出す時に、二人はどちらが力を探すか話し合っていた。
それぞれの長所、聴力と視力。
そのどちらを使うか、という話でもある。
要の場合、視力に加え、以前、ここに出入りしていたので、迷路の構造も知っていた。
だが、燃え落ち、崩れてくる屋敷の中を歩き回るには、それを事前に察知し、回避出来る見夜都の方がいいと二人は判断したのだった。
しかし、その考えは浅はかだったようだ。
増改築により特殊な仕組みをしているこの屋敷は、まさに入り組んだ迷宮。
立ち込める煙を吸い、息苦しさにせき込む見夜都は、屋敷が中央に位置するドアで二つの区画に分断されていることを知らない。
(――もう駄目かもしれない。でも……!)
諦めるものか――
そう心が叫んだ直後、彼の目つきが冷ややかなブルーに染め替えられた。
見夜都が交代を頼んだわけではない。
つまりは、ファラオの『乗っ取り』。
無論、ファラオが出たところで、彼にも秘策や切り札があるわけではない。
この、一見意味を持たない謎のチェンジは、王が『見夜都』を生かす為にしたものだった。
きっと彼は力を見つけ出すまで探し続けるだろう。
最悪、その先に巻き添えという死が待っていようと。
そう感じたファラオが、最後に非情な決断を下すべく、体を強制支配したのである。
それでも、限界までやれることをしようという心は彼も共有していた。
ティガーを抜いた手が、爆音を弾き上げ、窓を粉々にぶち割る。
尖った窓ガラスの先端に腕を引っかかれつつ、そこから一度外へ脱出した彼は、炎の壁で閉鎖された建物の奥側への侵入を試みようと、再び窓に銃を向けた。
しかし、
耳を通り抜けるミシミシという、不気味な前兆。
「……!」
それは、崩壊前に屋敷が立てた悲鳴だった。
(……悔いが残るがここまでか!)
やるせない感情を浮かべ、銃を下ろす右腕。
その刹那、二つの声が囁くように耳に触れた。
(……これは)
建物の中から聞こえたのは、女と誰かのやり取り。
――
赤い火の粉が舞い、熱風に取り囲まれた廊下は、死の前触れのように鎮まる。
その、明るく燃える闇の中で、金色の瞳が暗殺者と出くわし、今、この時に真っ向から対峙していた。
「高山力……と言ったわね。……あなた、母親の名前は?」
真意を解せぬ突然の質問に、彼は当てずっぽうな見解を返す。
「時間稼ぎか。たかが一分一秒死ぬのが遅れただけでお前の終着駅は変わらない」
殺意を潜めた獅子の声は、力とは似ぬ、地を這うような低い直線。
対して、歪みを矯正したような透き通る声は、何かを企て、そしてその結末を心待ちにして、ほくそ笑んでいる。
戦っても勝てる見込みのない宿敵、しかしながら、ただではおけぬ憎悪の矛先、高山力。
彼へ、自分の命と引き換えにしてでも、死ぬより耐え難いであろう絶望に浸された生き地獄を、と。
「……私の親友にね、あなたと同じ名前の息子がいるのよ」
「……?」
獅子の眼が、金色を怪訝な緑に鈍らせた。
どうやら彼は、凶暴化をまだ自身でコントロールしきれず、その精神の流動に心の面相を委ねるしかないようだ。
棒立ちで向き合う二人の横を、小さく弾ける音を立てては、ガラガラ崩れてくる火だるまの瓦礫。
それは、この屋敷がいつ形をなくしてもおかしくない状況だということを告げていた。
「……昔っから彼女はチヤホヤされていたわ。大した美人でもないくせに、私よりね。その上、人のものを盗むのが大好きで、私の愛人にすぐ手を出したの。それも、その男の子供をあっさりと身籠もってね……。……憎たらしかったわ!! 私のものを奪うだけじゃなく、私が欲しがっていたものも簡単に手に入れるあの子が……! だから当て付けに私も子供を作ったのよ。勿論、同じ男の子供をね。それでも怒りは収まらなかったから……事故に見せかけて殺しちゃったけどぉ! アハハハハッ!」
話の途中にはっきりとした正気を取り戻し、焦がされた肌から汗を落とす力に、想像したくもない最悪の予感が駆け巡る。
「同じ……男の、……子供?」
足元に、炎が逃げ場を狭めながら忍び寄っていた。
しかし、それすらも気づかせない動悸が、十字架をさげ、不安に凍り付いた胸を激しく叩く。
「私の親友の名前はね、谷、美里っていうの……。結婚してからは高山美里になったけど」
『谷』は結婚して『高山』を名乗る前の、母の旧姓だ。
『谷』であっても、『高山』であっても世の中に溢れ返る程、当たり前にあるこの名前。
しかし、
「私ね、秋田県出身なの。美里も、ね。もしかしたら、あなたのお母さんの美里さんも秋田出身かしらぁ?」
「……!」
合致していた出身地が、力の呼吸を微かに震わせていた。
追い討ちをかける女は、残された一握りの希望すらも消し去る。
たった、一言で。
「私が美里を暗殺したのは、子供がまだ小さい時だったわねぇ。チビちゃん可哀想に、うふふっ」
ここまでの完全な確証がありながら、自分に対してシラを切るつもりはない。
これ以上、弄ばれた運命を思い知りたくもないからだ。
「……アハハハハ!アハハハハハ!!!」
男と娘を、親友とその息子に奪われてしまった女に、思いもよらず訪れた復讐の時。
力と姫の滑稽な関係は、その黒い腹を笑い狂わせている。
女の期待を外れなかったどころか、彼の心は、期待を遥かに超える大きな衝撃を受けてしまったようだ。
「俺と姫は……」
――兄と……妹。
――愛し合うことが許されない、
血。
絶望に打ちひしがれた力の眼を、再び滲んだ金色が浸食する。
「……勝手だ」
怒りのやり場は目前にあっても、自分達が兄妹であるという事実を曲げられない悔しさが、一面をオレンジに焼き払う視界を歪ませ、頬を濡らした。
「勝手すぎる! どいつもこいつも!!」
そして、悲しい運命が生み出したのは、爆発的な激情。
けたけたとした罵り笑いが止められない女は、気が触れ、手を下さずとも死んだも同然だった。
それでも、
それでも、殺してやりたい。
銃など無くても、首を締めればとどめを刺し、恨みを晴らすことは可能。
でも――
(――俺は)
女の長いドレスのすそを、行き場をなくした火が渡り始める。
(――俺は、……ガーディアンだ)
心をついて出た言葉が、彼の足を踏み締めさせた。
「アハハハハ! アハハハハハ!! 苦しめばいいわ! 死ぬまで後悔しなさい! あの娘を愛したことをね! アハハハハ!!」
灼熱に体を焼かれていく女の横を、振り落とされた涙が素通りする。
(――俺はガーディアンだ。でも、よくできた正義の味方なんかじゃない。不完全で、まだ幼稚で、自分の感情も抑えられない残酷なガーディアンだ。
……違う。
その前に、
俺は、誰も愛せない
人間だ……)
彼は似合わぬ十字架を引きちぎり、火の塊となった女を平然と見殺しにして、炎の中を潜った。
――俺の役目は終わった。
――これで彼女を守りきれたんだ。
――たった一つしかなかった愛を、
……失ってしまったけど。




