勇者の正体
「アキって日本人?」
ここでまさかのカミングアウト…俺どうすればいいの?
「えーと、ニホンジン?ごめん、よくわかんない」
もちろん、誤魔化す。ここで、『はい、日本人です』なんて馬鹿正直に答えたら、あっという間にサトルに興味を持たれてしまう。俺は『勇者』から興味を持たれないようにしなくてはいけないのだから。
「そうか…ごめん!人違いだったみたい!」
「いいよ、いいよ。それより、そのニホンジンってのは?」
だが、情報はほしい。サトルが俺と同じプレイヤーの確率はぐんと伸びた。というかプレイヤーだろう。
同じプレイヤーなら俺の知らないことを知っているかもしれない。こいつは俺よりも先に召喚されてるみたいだし。
「えーと、日本人ってのは俺が済んでる国の人たちのことだよ」
「ふーん、そんな国あったっけ?」
「あはは、ずっと遠い国だよ」
「そうなんだ…」
確かに遠いよな。もはや、別の世界だし。
しかしこれだと、案外サトルと仲が良くても目立つことがないかもしれない。
俺の予想だが、サトルは他の冒険者とも仲がいいはず。根拠はないが、見た感じサトルは誰とでもすぐ仲良くなれる主人公体質に感じられる。すでに、俺やザルテ以外のいろんな人とも仲良くなってるだろう。むしろ仲が良くなりすぎてすでに落とされた女性がいるかもな。あの時いたお姫様とか?
だが、あくまでもある程度だ。興味を持たれるほど親密になるつもりはない…つまり、必要な情報を抜き取れる程度に仲が良ければいいんだ。
「そういえば、あの時はお姫様もいたんだよね?今日は一緒じゃないの?」
「ああ、シュリーか…いつもはついてくるんだけどね。彼女は、今用事で王城にいるよ」
「そうなんだ。仲はいいの?」
「いやー、全然だよ。いつも彼女には怒られてばかりで、今朝も『サトルはすごいんですからもっとしっかりしてください!』なんて言われてさあ」
「そうなんだ…」
典型的な鈍感系主人公かな?少なくともそのシュリー姫は怒っているようで、褒めてはいるから少なからず好意は持たれてるのでは?それより、情報も欲しいがサトルと話しすぎてもよくない。ここは、いったん引くか。
「おっと、そろそろ依頼を済ませないと」
「あっ、そうだね。手伝うよ」
「別にいいよ。最初の依頼ぐらい一人でクリアしたいし」
「そう?でも、ザルテさんがアキを鍛えるとか言ってたけど?」
「うっ、そうだった…」
サトルのことで、すっかり忘れてた…どうするかなぁ…
「とりあえず、ザルテさん所に行く?」
「そうだな…」
訓練をどう乗り越えるか考えながら、俺とサトルはザルテがいる方へ向かうのだった。
ーーーーーーーーーー
「おう!話は済んだか?」
「はい、ありがとうございます。ザルテさん」
「別にいいんだよ。…さて、始めるか、アキ」
「あっ、やっぱり?」
「当たり前だろ!お前には強くなってほしいしな!」
これ以上強くなっても困るんですけどね。まあ、今はどうやって弱く見せるかだな…強者が自分の力を隠すのはとても至難の業だ。例えば、今の俺のステータスでいえば、レベルが上がってノーマルモンスターとなら一人でも戦えるほどだ。動きにもキレや癖が出て、思ったよりも動ける印象を与えてしまう。だからと言ってわざと動かないようにすると、どうしても演技っぽく見える可能性もある。少なくともこの半年間でモンスターとの連携やら何やらのプレイヤースキルも強化されてる。これらの強者の癖を、どれだけ出さないかがカギになる。
「でも、今は薬草採取の依頼を受けてるし、あとでしない?」
とりあえず、訓練を後でするように誘導してみる。
「何言ってんだ!薬草採取なんて簡単だ!訓練をしながらでもできる!」
やはり、引き延ばすのは難しい。今はとにかく弱者を演じ切るしかない。それに、これはチャンスだ。ここで、俺が弱者なんだと強く認識させれば、今いるサトルの興味を減らせるかもしれない。
「よし、とりあえずモンスターを召喚しろ」
「わかったよ…サモン、ブルースライム」
魔法陣から出てくるブルースライム。ただ今回はいつものブルスラではない。
「本当にまだ、スライムしか召喚できないんだな…」
「そうだよ…モンスターが怖くてさ…」
「アキはモンスターが怖いの?」
「うん、半年前ザルテにあった後に戦ってみたんだけど見事に負けてさ…それ以来ほとんどモンスターと戦う前に逃げてるんだ」
「お前なあ、戦わないと強くなれないんだぞ」
「わかってるんだけどねぇ…」
「ほれ、あそこにスライムがいる。倒してみな」
「うん…」
ーーーーーーーーーー
2人に見守られながら俺はブルースライムと共に、相手のミドリスライムと対峙した。
「よし!いけ!」
「キュ!」
俺の指示でブルースライムはミドリスライムの元まで行くと全力で攻撃を開始した。だが、相手も負けじと反撃している。
「……」
「おい!何ぼーっとしてんだ!指示を出せ!負けるぞ!」
「えっ?あっ!」
何も指示を出さずスライム同士の殴り合いを見ていると、ザルテに怒られた。その間に、ミドリスライムがブルースライムに攻撃ラッシュを開始。あっという間に、ブルースライムは負けてしまった。
「あっ、あ…ど、どうしよう!」
「落ち着け!俺が倒す!」
慌てる俺に怒りを示すミドリスライムが接近。そこへザルテが素早く回り込み、スライムを両断した。
「…ふう、あのなぁ、ただ、モンスターを見ててもなんも変わらないんだぞ。ちゃんと指示を出してやらないと」
「う、うん」
「よし、魔力はあるか?」
「ないよ。しばらく休まないと…」
「そうか…回復次第、どんどん狩るぞ!」
「わかった…」
ーーーーーーーーーー
「はあ…はあ…」
「うーん、なかなか勝てねえなぁ…」
あれから何回かの戦闘をしたが、俺は一度も勝っていなかった。そのため、さすがのザルテもどうすればいいか悩んでいる。
「さすがに体力も限界か…とりあえず今日はここまでだ!」
「は、はい…」
「アキ、大丈夫だよ。少しずつ強くなっていこう」
「ありがとう、サトル。俺、頑張るよ」
「とりあえず、モンスターは駄目だったが薬草は集められた。アキはギルドに依頼報告だ」
「わかった」
「ちょいと、俺はサトルと話してるから先行っててくれ」
「りょーかい!」
「なんで、嬉しそうなんだよ…」
「あっ!なんでもない!じゃあまた明日!」
「ああ」
「またね」
挨拶をすませ俺は町に戻っていく振りをしながら、すぐに陰の方に隠れた。隠密もこの半年でうまくなった。ばれるつもりは毛頭ない。
「サトル…言いたくはないがアキはモンスター使いの才能がないのかもしれない…」
「うん、それは俺も思った…」
「正直あそこまでとは…あの歳で、もうモンスターを召喚できるのはすごいことだ。でも、肝心のモンスターへの指示が…」
「そこなんだよねぇ」
よしよし、いい感じだな。折角ここまで頑張ったんだ。もっと言ってくれ。
俺は今回自分を弱くするため、モンスターから弱くしていた。先ほど召喚していたブルースライムはつい最近ノーマルガチャで手に入れたものだった。さすがに、+99のブルスラだと余裕で倒せてしまうためこの時のために用意していたのだ。そして今回の指示、モンスターバトルは俺自身は戦うことが少ないため、ある程度距離をとって、そこで適当な指示を出してれば、なんの強化もしていないブルースライムは負けてしまう。思いの外演技とはばれなかったようでほっとしている。
「ううん…とりあえずこれからもなんとかしていくしかないな」
「そうだね。俺も協力するよ。頑張ってアキが強くなれるようにしよう」
「おお!」
さすがに、ずっと弱いままだと疑念を抱かれてしまうだろうか?少しづつ指示のレベルを上げて、スライムを倒せるぐらいにはなるべきか?そこもいろいろと調整してこう。
こうして、俺は本格的に弱者を演じる生活が始まったのである。
それより、これ…逆に勇者と親密になってないか?……そこも調整?だ。




