9 オレンジマーマレードの味は?
「で、本当のところはどうなんだよ」
シャワーを浴びて出てきたところで、先輩は待ち構えたように訊いてきた。 バタンと後ろ手で閉めた扉に半ば身体を押さえつけられるようにして問い詰められて、んとにもう、と口を尖らせながらそれでも素直に答えた。
「ホントのところって、本当にただ泊まらせてもらっただけで」
「朝飯まで作ってもらってか?」
「あっ・・・朝飯って言うか・・・」
作るってほどのものじゃなかったし、と僕はまだ2時間も経っていない前のことを思い返した。
「はい、どうぞ」
とん、と目の前に置かれたのは淡いブルーのマグカップで、まるでお椀に取っ手がついたような形をしていた。
「ホントにトーストとカップスープなんですね」
「悪い?だったら食べなくていいわよ」
「あ、いや・・・戴きます」
厚切りのトーストにはまずマーガリンを少し塗って、その上からオレンジマーマレードを透けるくらいの厚さで塗って出された。朝から甘いジャムなんてと思いながら、でも文句は言えないしなと一くち口にすると、意外にこれが優しい味ですごく旨かった。そういえば朝なんて、こんな風にまともに食べるのってないよな、となんだかホッと安心してもう一口かじった。先輩が居候するようになってから、たまに朝早く居る時はご飯にお味噌汁に卵焼きっていう信じられないくらい真っ当な和食が出てくるけど、仕事柄僕と入れ違いで帰ってくることのほうが多いから、それだって本当の本当にたまにだしな、なんて考えながらひたすらモグモグと口を動かし続けた。
スープはただお湯を入れるだけのものだったけれど、それでもこうしてちゃんとカップで作ってもらうと美味しいんだな、と感心して、最後の一滴まできっちり攫うようにして飲み干した。
「ごちそうさまでした」
カップを返すと、自分に比べるとあんまり進んでいない主任のカップの中身が目に入った。昨日の晩は結構飲んでたから、食欲もさほどないのかな、とそれは特に気にするほどじゃなかったけれど。
そういえば、と僕の返したカップを大事そうに両手で抱えていたのを思い出した。
「なんだろう、あれ」
「なに、なんかあったのか」
「え・・・そうじゃないんですけど」
あれ、と思ったのはほんの一瞬だった。その証拠に、今さっき思い出すまでおかしなことには思っていなかった。そのカップは主任が使っていたのと似てるっていえば似てる形で、色が違うだけだったというのも思い出した。
先輩がまだ何か聞きだしたそうに覗き込んでくるのを遮って、頭にタオルを載せるとゴシゴシと擦りながら先に立って歩いた。
「とにかく、僕は本当にただ泊まらせてもらっただけで、あとは何にもないですって。それに・・・」
「それに?」
僕がいる間は主任は、中山取締役に携帯電話を掛けなおそうとしなかった。それってつまり、僕は邪魔だということだよね。
「梶原主任には、僕の会社の社長の息子さんっていう、グレードの高い恋人が居るんですよ」
言い切った僕は、先輩のまだ疑ってる顔を振り切ってもう一度寝付くためにベッドの上の枕に顔を押し付けた。