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8 ケイちゃんって呼んで

「ただいま」

 梶原主任の部屋のある田町から山手線に乗って新宿に出て、そこから快速で高円寺についたのは朝の9時半過ぎ。こんな時間じゃもう先輩は部屋にいないのかもな、と思いながら扉を開けると、

「朝帰りとは、章吾もなかなかやるじゃん」

 能天気な声が頭に降ってきた。

「先輩、まだいたんですか」

「まだとはなんだ、俺は一人暮らしで寂しい思いをしている後輩を思いやってだな」

「・・・寂しい思いなんてしてませんって」

「またまたぁ」

 章吾はすぐそうやって強がるんだからな、と全然僕の話を無視して方向違いの納得をしたあと、「お前朝飯は?」と今度はまともなことを訊いて来た。

「食べてきました」

「あっ、じゃやっぱり女のトコだな、何だよ水くさいなぁ、そうならそうと言ってくれよ」

「・・・そう言ったらここから出てってくれるんですか?」

「そうは言ってない」

 なんだよそれ、とがっくりと来て玄関で座り込むと、まぁまぁ上がれよ、と肩をポン、と叩いた。

「ここって僕んちですって!」

「まぁそうだな」

 ハハハ、と笑って奥に引っ込んでいったのは大学の時の2年先輩で、今は六本木のスタンディングバーで店長をやっている。名前は上原圭一、『ケイちゃんって呼んで』というのが挨拶代わりのイケメン、と言っていいんだろうな。大学にいた頃はたいして親しくなかったんだけれど、『ラウドネス』のショップ店員をしていた時、お客としてやってきた先輩に『お前ってさぁ・・・』と声を掛けられてからなんとなく仲良くなって、で今はなんでこうなったのか、僕の部屋で一緒に暮らしてる。



「いいかげん、謝って帰ったらどうですか」

「・・・だれに」

「だれにって」

 玄関の脇にあるキッチンを抜けて、その奥の8畳一間の壁際に作りつけのベッドにごろんと横になると、先輩はまるでそこが自分専用でもあるように楽々とした顔になって僕を見上げた。

「・・・・・俺、ここの方が居心地いいんだよね」

「ったく、涼子さんに言いつけますよ」

「言ったって平気だよ、きっと『あ、そう』で終わるに決まってる」

「あーそう、そうですか、じゃ本気で言いますよ」

「どうぞお好きに」

 まったくもう、っと僕が言っても全然気にする様子もない。

 涼子さんと言うのは先輩が店長をしている店『ANAGURA』のオーナーで、先輩よりも年上、と言うことしか知らない。結構な美人ということだけど実は僕は声しか聞いたことのない相手で、しかもそれって先輩が家出したって言って転がり込んできた時に掛かってきた携帯電話に僕が出て、「絶対帰らないって言え」としか言わない先輩の代わりに事情を説明したんだかされたんだかって状況だったからなんていうか、修羅場ってた印象しかないんだけれど。帰らないと宣言したとおり、先輩はその日から僕のところに居ついてしまった。

 何を言ってもヘラリと返す先輩にかまってるよりは、まぁ今はシャワーを浴びて着替えだよな、とタオルをもって出て行こうとすると、

「で、どこに行ってたんだ」

 あっさりと聞かれた。だから僕もするリと言ってしまった。

「梶原主任のところ」

「あの年上の上司のトコか!」

 驚いた声を上げて飛び上がると、先輩はニヤリと笑って僕の前に立ちはだかった。

「いくらあこがれだからってさ、年上は止しとけよ」

「そんなんじゃないですよ」

 そう、そんなんじゃない、僕にとってじゃなくて梶原主任にとっては。

 一晩一緒に居て、当たり前のように何にもなかったよねと訊かれて、当然ですよと返事をしたら大笑いをされた僕は、先輩のニヤニヤする顔が無性に腹立たしくなってもう一度、「そんなんじゃない」と言い返した。


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