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6 お泊りって・・・え?

 煌煌とついた明かりの下、僕は右腕を人質に取られたまま、眠る人の顔を見ていた。


「・・・主任」

 がっちりと掴まれた腕はそろそろと引き寄せようとしても、まったく抜ける気配がない。だったら相手が起きたって構わない、力任せに引っ張ってもいいじゃないか、とチラリと思うんだけれど、なぜかそれはする気が起きなかった。

「本気で寝ちゃってるの?」

 マジかよ、とまたつぶやきながら天井を見て、目を梶原主任に向ける。

 くうくうと息を漏らしている顔はなんだかずいぶんと子供っぽくて、この人っていったいいくつだったっけ、と今考えなくてもいいようなことを思った。

 僕より・・・5つ上、だったっけ?

 そう考えると、なんだか不思議な気がしてきた。



 放してくれる気配のない右腕はもう諦めてベッドのヘリに背中を預け、ほう、と息をついて目を閉じた。そうしてゆっくりと身体の力を全部抜いた。

 5つ上って言うと、僕の姉よりもちょっとだけ若いのか。その姉はすでに2人の子持ちで、婿養子をもらって新潟の実家の後を継いでいることを考えると、なんだか本当に不思議な気分になった。

 姉は小さい時から僕に味方してくれて、僕のやりたいことには反対したことがなかった。高校卒業を前にして何の目的も定まっていないのに「東京に出たい」と言った僕に、いいよと言ってくれたのも姉が一番最初だった。ただただ家から、いや父親から離れたい一心だった僕の、背中を押してくれたのは姉だったんだ。僕の父は教育者で、最後は地元の小学校の校長を務め終え今は地域のコミュニティセンターで館長をしている。厳格と言っていい父親から小さい頃より「学校の先生の子供」ということで躾けや勉強には特に厳しくされたことを覚えているけれど、でもそれだって常識の範疇を超えてとまでは思っていない。元は美術を教えていたというだけあって、本物を知ることはいいことだと常に言っていて、休みの日には少しはなれた美術館まで連れて行ってくれたことを今でも覚えている。そのときに観た蒼い顔の女の人や自然にはありえないような花の形が、もしかしたら今日の僕を作っているのかもしれない。けれど、その父はある頃から家に帰るのが遅くなり、僕や家族と過ごす時間が極端に少なくなって、同時に『社会的地位』というのが上がっていった。

 いや順番が違う、社会的地位が上がっていったから、家族を省みなくなったんだ。

 それは、僕がこうして社会人になったからわかることだけれど、その当時の僕にはそんなことはさっぱりわからなかった。いつも気難しい顔をして、声をかけるのさえ憚られるような雰囲気を纏っている父が年に何回か、そう、暮れになると必ずべろんべろんに酔っ払って帰ってきて、大きな声であたり構わず怒鳴り散らすというのもこの頃からだった。

 元々酒には強いほうじゃなかったんだと思う。僕が今アルコールを飲む機会があっても、大して飲みたくないと思うのはきっと家系の所為だ。だけど僕はその雰囲気を楽しむことが出来る。友達とだって会社の仲間とだって、飲んで騒いでいる時間はスンゴク楽しいから大好きだ。

 でも、父は違ったんだろうな。

 それを姉はわかってたんだ。

『駄目よ、お父さんを悪く言っちゃ』

 夜遅く帰ってきて、母に無理を言う父に腹を立てた僕に決まってそう言う顔がひどく懐かしい。優しい、でもそれだけじゃない強い人だった。

 それに気がついたのは家を離れてからだなんて。

 深い深い心の奥底で、姉を慕う思いが広がっていくのがわかる。でもなんで、何で今頃そんなことを思うんだろう。ていうか、どうしてここで?

・・・・・えっと、ここでって、あれ?



 ピロピロピロピロ、と断続的に音が響いてきた。何の音なのかさっぱりわからなくて目を開けたら床にべったりと横たわっている自分がいた。・・・・・ええとここって、どこだっけ。

 ぼんやりする頭の上のほうでまだ音は続いていて、なんだかこれって携帯電話の呼び出し音だよな、と気がついて慌てて自分のポケットをバタバタと探った。ああでもこれって自分の音じゃないし・・・と気がついたのはお尻のポケットに入っていたブルーの携帯が全然光っていないのを見てからで、じゃあいったいこれってどこよ、と起き上がって、そこでやっと驚いた。

「梶原主任!?」

 頭を上げたすぐ横に、まだぐっすりと眠っている梶原主任の顔があって僕はマジで心臓が止まるかと思った。淡いサーモンピンクのカーテンの向こうから薄く朝日が差し込む見覚えのない部屋、だけどそういえば昨日の晩、「あげる」と言われて鍵を手渡されて開けたのは覚えてる。ってことはここって梶原主任の部屋ということなんだよね。

 ・・・・・って、ああそうだ!

 って気がつくの遅いって、て言うか、あのぉ本当に泊まっちゃったってわけ?

 と、自分で自分に突っ込みいれるなって。

 なんて僕自身訳のわからない状況にパニックになっている間も、その音はやんでくれずにしつこくピロピロ言っている。たく、どこだよ、と伸び上がったら、主任の身体の向こう側、ベッドの上に投げ出したバッグからこぼれ出た携帯電話がピカピカと光りながら音を発していた。

 このままだと起きちゃうじゃないか。

 そればっかり気になって何とかしてその携帯電話の音を止めなくちゃ、と僕はベッドの上に手を伸ばしてみた。後ちょっとで届きそうなのにうまくいかなくてもう少しだけ乗りあがってみる。自然、僕の身体の下には主任の身体があって、こんなところで目を覚まされちゃかなりまずいんじゃないかって、気がつかなくてもいいことに気がついてちょっとドキドキしてきてなかなかうまく行かない。

 それでもやっと手に取れたその携帯電話を見て、僕は折角起こさないために苦労していたって言うのに、「わぁっ」と大きな声をあげてしまった。


 真ん中の丸いウインドウには、『中山和孝』と中山取締役のフルネームが表示されていた。


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