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57 梶原理沙子のユウウツ<11>

 いったいどういうつもりなんだろう。

「じゃあ、今夜相談しようよ」

 と日浦の肩をポンポンと叩くと、祐志は次の打ち合わせが待ってるからさ、と言ってあっという間に会議室から出て行ってしまった。

 今朝早くに相談したいことがあるから、という内容で入ったメールに応えて会社に着いたのは始業30分前、もう企画室の前で待っていた祐志は私の顔を見るとすぐに「新潟に行くんだろ?」と訊いてきて、驚いた私の顔をあっさりと無視すると「まずはこっちの仕事を片付けてからな」と言って手にしたポスターをポンポンと叩いたのには正直むっとした。

 なによ、どういうつもりよ。 新潟って、どこから聞いたんだろ。

 はらはらと焦る気持ちを隠して 『ラウドネス』 のポスターとカタログのコンテの確認をした。月曜日に話していたのは紙面から受ける印象に躍動感がなくて、ただ綺麗な男の人が立ってるだけの印象が強かった。そこをもっと動きのあるものにと言って、モデルの写真を入れ替えてコピーはそのまま、フォントサイズをどうするかというところで日浦がいい事を言った。

『楷書体かなんかで手書き風ってないですかね?』

 この紙面で楷書体って言うのは、普通は考えないでしょう?

 そう思っていたのだけれど、こうして出来上がっているのを見ると、それがしっくりとしていてなんだか本当に風が吹いているように思えてくる。

 ああやっぱりいいセンスしてる、そう思って思わず微笑んだら、それを見透かして祐志が言った。

「やっぱいいなとかって思ってるんだろ」

「なによ」

 そりゃいいんだもの、いいと思ってるだけでしょ。

 つんと横を向くと、「日浦君の発想って、なかなかいいよな」となんだか嬉しそうな声で言い出した。

「昨日も俺に付き合わせちゃって悪かったけど、話しが合うって言うか、うん、あいつ、いいよなぁ」

「そりゃぁ・・・・・」

 私が好きになったくらいだもの、そう言いかけてぐっと言葉を飲み込んだ。

 くすり、と祐志が笑ったからだ。

「日浦君がいったい何に気がついて、どう感じるかっていうのを実際この目で見てみたいんだ」

「え?」

「だからさ、新潟の新規出店場所。こっちと違って何にもない場所にいきなりドーンとあったりしたら、困るじゃないか」

 そうすると、集客から考えなくちゃいけない、そう言う祐志に「何も祐志が来ることないって言うの」と返した。

 出店計画の段階で、ラベール万代があるのは新潟駅からまっすぐ古町という新潟市内の真ん中と言ってもいい繁華街まで行く途中の、バスターミナルを中心にした一つのランドマーク的な場所であることは確認済みだった。伊勢丹が後ろに控えていて、両脇には中高生に人気のショップが入っているファッションビルがあって、幅広い世代の集客が見込める場所であることは間違いがなく、そんな場所をただ放っておくのはもったいないと、流通と再開発事業を手がける会社は考えるのは必然と、私でも思ったものだ。

 でもそれを、祐志が知らないで言っているとは思えない。だから出店先を見たいというのは単なる口実で、「一緒に行く」って言う方が目的なんじゃないの?と、いったい誰からその話を聞いたんだ、と訊いてみてものらりくらりと交わすばかりで、まさか日浦が話したんじゃないだろうか、日浦が一緒にと誘ったとか、そうまで考えている時に当の日浦がやってきた。

 日浦はこっちの様子なんか全く気にすることもなく、祐志が持ってきたコンテの確認をし始めた。その横顔に昨日新潟出張の話をしたときにひどく意外そうに、「でもなんで?」と言われてしまったのを思い出した。私と一緒に、二人でと伝えたらなんと言ってくるんだろうと淡く思い描いた期待は、そこで見事に打ち消された。

 好きだと伝えなかったっけ?

 私はあなたのことが好きだと、言わなかったっけ?

 ぐるぐると回る気持ちをよそに、日浦は祐志となんだか嬉しそうにフォントの話なんかをしている。それがそんなに大事な話なの?と言ってしまいそうになるのを我慢して、二人の話を聴いていた。だって仕事の話だもの、来春のコレクションには私も力を入れているんだもの。

 基本カラーに赤やピンクでさし色を入れるというのを、商品部に企画の段階で意見したのは実は私だった。『ラウドネス・スポーツ』 では当たり前に使われている臙脂や紫も、もっと明るい色にして全体の印象をもっとソフトにしたらどうかと考えたのも、最近盛んに言われるスロウライフカラーを取り入れた生活をイメージしたからだった。

「かっこいい」

 思わずといった感じで洩らした日浦の声が、私を現実に戻した。

「だろ?新しいブランドはこういうのじゃないんだろうから、どうやってアプローチしたらいいのか、それが知りたいんだよね」

「え?」

「だからさ、新潟に新規出店するラベール万代のこと。レディスってことだけれど年齢層が今までよりも高いんだろう?」

「ええ・・・」

 語尾がなんだか戸惑っている。何かを確認するように和孝に顔を向けたのはなんだったんだろう。

「あの」

「ん?」

「誰からそれを?」

「ああ」

 そこで祐志はにやりと笑った。そうして私の顔を見て、まるで種明かしでもするように勿体つけて話を続けた。

「ブランドの話は以前から来てるよ、でも時期が早まったってことで僕が言ったんだ、出店先を見に行きたいって」

「荒木さんが?」

「そう、ここの高野さんに」

「・・・高野部長ですかぁ」

 それなら話がわかる、とでも言うように素直に納得した日浦にいったいそれってなんなのよ、と今すぐにも訊きたくなった私は、自分でも驚くくらいすんなりとその傍によってその身体にぴたりと寄り添った。

 そうでもしないと、日浦を取られそうで。

 そんな馬鹿なと思いながら、それでもその腕を握る手の力を緩めることが出来なかった。 手の平に伝わってくる日浦の温かさは、まだ私のものだと思っていたかった。

 でも、取られると心配する相手は、祐志じゃなかった。



 結局新潟出張は、祐志と和孝も一緒に行くことになった。

「遊び半分でこられちゃ困るのよ」

 そう言った私に祐志は遊び半分じゃないといった。仕事なら徹底しなくちゃだめだと。

 それは新しいブランドのことだとばかり思っていたけれど、祐志はそればかりでないことを、私に教えていたのだ。



「新潟、『KISARAGI DESIGN』 の荒木さんも行くんだって?」

 来春の 『ラウドネス』 のコレクションカタログのコンテを、課長に言われて香西部長に説明に行ったところ、そこには高野部長が同席していた。

 会釈をして顔を上げてすぐ、そう問われて「はい」と返事はしたものの、どうしてこんなに早く、と思って祐志が連絡を入れたのだと気がついた。この新規ブランドはこの高野部長が中心になって動いているのはこれで明白で、でも次の言葉が出てくるまでまさかそんなことを考えているだなんて、これっぽっちも思っていなかった。

「日浦君にはがんばってもらわないとな、このプロジェクトが成功したら、是非商品部に来て欲しいものだと香西に話していたところだったんだよ。君も、優秀な部下を持って幸せだな」

「は?」

「おいおい、俺はまだ承諾してないぞ。まるで決定事項のように言わないでくれ」

「ははは、悪い悪い。でも、いい話だと思わないか?梶原君」

 名前を呼ばれて、私はやっとのことで顔を上げた。

「私には・・・・・」

 なんと返事をしていいのかわかりません、そう言いたかった。そういうために口が動いたのに、途中で止まってしまった。

「梶原君、どうした、顔色が悪いぞ」

 このところいろいろと仕事が詰まっていたからな、と心配して気遣ってくれる香西部長の声ももう遠くに聞こえていた。

 日浦が企画課から居なくなる。そんなことが起こるだなんて思っても見なかった。


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