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55 僕も行くから

 僕がコンビニから帰ってくると、荒木さんはすでにベッドで丸くなって寝ちゃってて、「えーっ」と思ったけれどよく見るとビールの空き缶は新しいゴミ袋に全部突っ込んであって、テーブルの上はざっとゴミだけどかしましたって感じだけれど、綺麗にはなってた。

「・・・もう」

 なんだかなぁ。

 うーんと寝返りを打つ姿が、さっきまで着ていた服のままなのに今度は「あーあ」、と思う。

 気持ち良さそうに寝ているのを邪魔しないようにそろそろと後ずさって、ベッドサイドに大きなファイルブックとポスターなんかを入れる筒が置いてあるのを見つけて、そこで「明日は朝一で君のところに行くよ」と言っていたのを思い出した。

「明日か」

 荒木さんが月曜日に持ってきたコンテでだいたいのところは決まっている、ただカタログの写植の行間とか、その書体とか、細かいところの修正があるだけだから、そんなに時間は取らないはずだ。それを考えると明日の来春のコレクションの打ち合わせは、『ラウドネス』 の話だけじゃ終わんないよな、と思った。

 新しいブランドコマーシャルの提案って、どうしようか。

 荒木さんに明日相談してみようかな、そう考えながら、音を立てないようにして引き戸を閉めた。

 そうしてキッチンの壁に作り付けになっていた時計に目をやるともう11時で、そうだよ今日相談してもよかったのに何にもしないでこんな時間になってしまったじゃん、とちょっと焦ったけれど、手に持ったビールの重さにそれは違うよな、と思いなおした。

 僕は、荒木さんと飲んだんだよな。

 ていうか、主任の弟さんと、と言ったほうがいいのか。

 どっちかって言うと、付きあわされたに近いかも、と思わず苦笑した。

 今日までそれほど親しく話したことはなかった。それがこうやって僕の部屋にやってきて今夜で二晩め、主任の弟さんだって知ってからだって二晩め、取締役との仲を知ったのだって二晩め、そう、まだ荒木さんを個人的に知ってからだって二晩めなんだけど、なんていうか違和感がないって言うか親近感があるっていうか。

 主任と話してるのと似てるようで似てないっていうか。

 そう、その話しぶりがなんとなく似てるよな、と感じて、だから違和感がなかったのかな?

 持ったままのビールを冷蔵庫に入れるために、手を伸ばしてその扉を開けたとき、不意に言われた言葉を思い出した。

 『思い込みの激しいのは、本当のことを知らないで終わるんだ』

 それって、どういう意味だろう。

 荒木さんはいったい僕に何が言いたかったんだろう。

 仕事のことかと思ったけれど、あの雰囲気はそうじゃなかった。

 じゃあ、主任のこと?

 僕のことを好きだったといった主任のことを知っていて、その上で僕に言ったんだとしたら。

 僕が、主任のことを好きだって言ったのを、どこまで信じられるかってこと?

 それが思い込みだって、言いたかったとか。

 最後の1本を入れ終わって、バタンと閉めた扉に背中をくっつけて寄りかかる。そうしてずるずると床まで腰を下ろして、ぺたんと座り込んだ。

 だって、僕は言えなかった。

 荒木さんに、主任と二人で新潟に出張するって、で、それをきっと嬉しいと思ってる主任を、たった一言で不安にさせただなんてこと、言えなかった。

 そういうこと?

 僕の思いは思い込みだって、そう言いたかったのか。

 でも。

 所在無しに握った手を、開いてまたぎゅっと握り締めた。

 でも。

 握った内側が赤くなっていくのをじっと見つめた。

 でも。

 その先の言葉が出てこなかった。




 金曜日はなんとなく朝からそわそわとして、目覚し時計が鳴る前に起きたのに荒木さんはもういなかったし、先輩は先輩でいつ帰ってきたのかわかんないのに僕より早く起きてて今日はパワーブレックファーストだなんて言って差し出したのは4段重ねのホットケーキだし、それにたっぷりメープルシロップをかけられて甘いのを我慢して食べてたら「今日は帰り寄れよ」とかって珍しく言ってくるし、やっとのことで平らげてギリギリ遅刻しないで会社に着いたら主任はもう会議室に行ってて、美奈ちゃんは相変わらずだけど僕の机の上にはその美奈ちゃんの字で書かれたメモが載っていて、それが高野部長からのもので午前中の目処がついたら部屋まで来いって言う話でマジかよと思っていたら取締役がやって来て、ぶんぶんと手を振るのに気がつかないでいたら、むかついた顔をされて、

「日浦君っ」

 と名前を呼ばれた。

「は、はいっ」

 うわっと立ち上がって駆け出すと、後ろから美奈ちゃんが「いってらっしゃい」と声を掛けた。

「すいません」

 まだファイルも用意してなくて、そういいながらスーツの前を無意味にパタパタと叩くと、

「日浦君さ」

 とこれは意味ありげに顔を寄せてきた。

「祐志に昨日、なんか言った?」

「えっ」

 ドキッとしたのは、そりゃ昨日の酒盛りを思い出したからで。えーと、と言いながら言葉をさがしてると「祐志がさ」とまた声を落として言った。

「新潟に一緒に行くって言ってる」

「えぇっ?」

「自分も雰囲気掴みたいからって、・・・あのさ」

 昨日はそんな話一つも出なかったのに、そう思っているところに取締役がぐっと身体ごと近寄って言ってきた。

「祐志が行くなら、僕も行くから」


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