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54 思い込みが激しいって・・・

「ええと、何がといわれても・・・・・」

「参ったって、あ、仕事のことなら明日は朝一で君のところに顔を出すことにしてるよ」

「それもあるんですけど」

「ああ、それとも新しいブランドのこと?それも和孝に聞いてるって」

「・・・・・仕事の話はするんですね」

「そりゃ、ビジネスパートナーだし」

「なら、何で帰んないんですか」

 ここで、見上げてきていた顔が一瞬曇ると、「それとこれとは話が別だろ」と言い捨ててそっぽを向いてしまった。あ、まずいことを言った、と、今日何度思ったかわからないことが頭を過ぎって「すいません」というと、

「で?」

 とすかさず聞き返された。

「じゃあ、理紗子のこと?」

 考える暇もなく言われて、うっと詰まった僕の顔を見ると、「ふーん」とどこか納得しない顔で頷いた荒木さんは、「ま、いいか」と言うと、

「とにかく、今夜は飲むか」

 と言ってきた。

「は?」

「いや、押し掛けてるご挨拶って言うかさ、まぁそんなところで」

「でもあの」

「ビールは冷蔵庫に入ってるってのは知ってるんだ、朝見たから。だからつまみだけ買ってきた」

「いや、あの僕は」

「いいから、けちけちしないであるだけ持ってこいって」

 えーと・・・マジ?

「早くしろよぉ」

 ベッドに座ったまま、言うとおりにしないとてこでも動かないぞ、というオーラをバシバシ出している荒木さんは、ベッドの前のローテーブルにビニール袋の中身を次々に並べだした。

 実は僕、お酒飲めないんですが。

 なんていっても聞いてくれないだろうなぁ・・・・・。

 はぁ、と溜め息をついて僕は台所にとって返した。




「あの」

 えーと、何でこうなるの?

 今、僕の隣には荒木さんが居て、でどうなってるかって言うと冷蔵庫に入っていたビールが全部空になっていて、夏のお中元シーズンにうちは誰も飲まないからっていって西巻課長に無理やり持たされて、そのまま忘れ去っていた赤ワインの中身が上から半分はなくなっている。テーブルの上に散乱してるのは荒木さんが買ってきていたチーズが一箱とソーセージや燻製やらと、僕の実家から送ってきてあったおかきの詰め合わせが一缶分。そのほとんどは荒木さんの胃袋の中に入ってて、僕はと言うと最初にあけた350mlのビールをまだ持て余していた。

 冷蔵庫のビールの持ち主は当然ながら先輩で、飲んじゃったからって頭ごなしに怒るということはしないと思うけれど、でもやっぱり黙って飲んじゃうって言うのは良くはないよな、と良心がじくじくと痛みながら、それでもなんとなく抵抗できないでいるのって、・・・なんでだろうな。

 チラリと横目で見る荒木さんはとてもそんなにいっぱい飲んでるとは思えない様子で、くーっと空けてるのは 『夏のボジョレー』 とかって箱に書いてある僕はさっぱりわからない銘柄だけど、荒木さんは手にとって「ふーん」と頷くと、瞬く間に半分飲んでしまったんだった。

「・・・美味しいんですか?」

 他に言うことあるだろ、と我ながら突っ込みを入れつつ訊いてみると、

「まぁまぁだね」

 とまだしっかりした口調で返してきた。

 僕だったら絶対気を失ってるよ、と言うのが確実な量を飲んでるとは、とても思えないっての。

「ドミニク・ローランのボジョレー・ビラージュ、葡萄の味がしっかり生きてて、絶妙って言えば絶妙だけど、まぁ飲みやすいって言うか、日本人の口に合いやすいっていうか」

「そうなんですか」

「飲んでみる?」

 いやーそれは・・・

 両手を盛大に振って断ると、ハハハ、と笑ってまたグラスに注ぎ足した。

 飲み始めて早々、僕が下戸だってのはバレちゃっていた。

 でも、ボジョレーって11月に解禁になるって言うワインをそう呼ぶんじゃないんですかって、知りたがりがむくむくと持ち上がって訊くと、「だからさぁ」と言った顔がぐっと近寄ってくる。

「ボジョレーってのは、いわばその葡萄の産地の地名なわけ。ブルゴーニュとかボルドーとか、そういうのと同じ。ああ、シャンパンだってシャンパーニュってところで作るから ” シャンパン ” っていうんだ」

 わかる?と聞き返されたその顔は間近で見るとほんのり赤くて、もしかしたら全然そうは見えなかったけど相当結構・・・

 酔っ払ってるんじゃないですか。

「・・・君みたいにボジョレーは11月の解禁時のみ、と思ってる思い込みの激しいのは、本当のことを知らないで終わるんだ」

「えっ」

 その言葉になにか含みを感じて目を上げると、据わった目のまま口元だけ引き上げて笑って、ローテーブルに手をついた。

「次は何があるんだ・・・新潟が地元っていうんなら、日本酒があってもいいだろ?」

 勢いよく立ち上がって、ぐらりとふらついた腰を慌てて支えたら、振り向いた顔がまともに目の前にあって、それがあんまりにも近かったからドキッとしちゃって手を離しそうになったそこに、身体をぐっと預けてきた。

「あぶないですって」

 もう飲むのよしましょうよ、そう続けるはずだった言葉にかぶせるように、荒木さんの声が耳元に響いた。

「君の腕の中って、結構居心地いいね」

「・・・なっ」

 今度こそバッと手を離して、ドスンと音を立てて床に座り込んだ荒木さんは「冗談だよ冗談」と笑いながら言うと、その笑い声に混じってこう言って来た。

「理紗子には黙っててやるって」

「・・・黙ってるも何もっ!」

 あんたが酔っ払ってるからってだけでしょうがっ

 もう、と憤懣やるかたなしと言った声を上げると、僕はまだ笑っている荒木さんを置いて引き戸をぴしゃりと閉めた。

 飲んでしまった先輩のビールと、口直しにウーロン茶でも買ってこなくちゃ。

 そう思って、バッグをつかんで飛び出したドアの向こうに人が立っていたなんて、全然さっぱり、気がつきもしなかった。


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