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53 何が参ったって?

「・・・なんか」

 疲れた。

 ふぅ、と息をついて駅の改札を抜けて、すぐに細い路地に入って真っ直ぐ歩く。

 今日はなんだか本当に疲れた。

 足を一歩踏み出すごとにそう考えて、立ち止まりそうになるのをかろうじて耐えてまた一歩足を前に出した。

 朝から思いも寄らないことの連続で、新規プロジェクトについての高野部長の話もさることながらその後の香西部長の話もぶっ飛んでた。



「年内いっぱいは新しいブランドのことはマル秘扱いにして、ただし新商品発売の事はコマーシャルする。関東1都6県と新潟を含めた北陸3県、新潟・石川・富山で展開だ。その方法は・・・日浦、君に任せるよ、来週中に素案を考えてきてくれ」

「えっ」

「え、じゃないって。ブランドロゴに関しては、今回も 『KISARAGI DESIGN』 さんにお願いする、そうだな、明日来るそうじゃないか、それまでにどういったものにしたいのか、君の意見をまとめてきてくれ」

「は?」

「『マーガン』 の販売戦略をそのまま使うってのは無しだぞ、なんたってコンセプトが違うからな」

「・・・部長っ」

「ああ、雑誌関連は梶原君だ。今現在広告展開している主要雑誌をリストアップしておいてくれ、そっちはカウントダウン形式で展開する」

「わかりました」

 あっさり返事をした主任はトントンと資料をまとめると、「じゃ、もう昼だからな、解散するか」といった香西部長に頷いてから立ち上がって軽く頭を下げた。

「期待してるぞ」

 ポン、と肩を叩かれた僕は「はい」と返事はしたものの、どうしたらいいのかと途方にくれていた。

 高野・香西両部長の期待に応えるだけの意気込みはある。そう意気込みは誰にも負けない、なんたってそれだけしか自分には取り柄がないんだから、頑張るっていうのには自信がある。

 でも、だ。

 最終段階にきていた新規出店計画を白紙に戻して、もう一回建て直しをする。同じのはだめ、コンセプトが違うんだってはっきり言われた。しかもマル秘扱いと宣伝が同時進行で、雑誌広告展開がカウントダウンってことは失敗して先延ばしってことは絶対に認めないって事だ。

 『期待してる』 そう言った香西部長が、僕の胸の内を見透かしたようににやりと笑って、肩に置いた手にぎゅっと力を入れた。

「頑張ります」

「よし」

 じゃ、飯にするか。

 バシンと背中を叩かれた後ろでは、西巻課長が高野部長に呼ばれてなにやら話をしてた。

 チラリと僕と主任に目をくれたと思ったのが、そのときは何のことかさっぱりだったけれど、それは午後になって明らかになった。



 午後からそれまでに組まれた新規出店計画書をもう一度確認して、基本的な構想は使えるんじゃないかと思って細々した予算の部分のデータを別に移したりしていた時のこと、「日浦ちょっと」と呼ばれて廊下に出たところで主任に「来週早々出張することになった」と告げられた。

「新潟ですか?」

「そう、高野部長からの指示らしいわ。街の雰囲気をつかんで来いって」

「で、主任と」

「・・・二人でって」

 その言葉に、さっきの高野部長の視線の意味がわかった気がした。まさか部長にまで知られてるってことはないだろうけれど、僕はどうでも主任がそれをどう思うのか、そこがわからなくて、ふわっと笑いかけた主任に僕は笑い返すことが出来なかった。

「でもなんで」

 そう言った僕にはっとしてすぐに笑顔を引っ込めると、主任はきりっとした顔を見せて、

「仕事だから」

 と言った。



「・・・まずいよな」

 うん、どう考えてもあれはまずかった。

 いや、主任と一緒にって言うのがまずいって訳じゃない。そっちはどっちかって言うと、嬉しいなと思ったりするけれど、そう、この感覚なんだ、まずいのは。

 嬉しいなとは思うけれど、手放しで「ヤッター」とかとは思えない。もやもやっとしてて、嬉しいのか嬉しくないのかどっちなんだと訊かれれば、そりゃ嬉しいですよと答えるって言うくらいの嬉しい・・・・・。

 だからさ、説明できないんだって。

 あの時とっさに、はるか上の上司に知られていると思ってしまったことの方がウエイトが高かっただなんて言えるわけないしな。

 と、ブツブツと独り言を言いながら角を曲がって、足元を見ながら

「参ったなぁ」

 と洩らした時だった。

「なにが参ったって?」

「わっ」

「わってなんだよわって」

「荒木さん」

 僕のアパートの入り口のところに、荒木さんが立っていた。

「遅かったんだな、もう帰ってるかと思ったら鍵がかかってたから」

「・・・ああ、すいません」

 言いながら、何ですいませんって僕が言うんだろう、と思わないでもなかったけれど、ずいぶん待たせたかと急いで部屋の前まで行く間、荒木さんはそれが当然のように後ろからついてきた。

「あの」

「大して待たなかったから、別にいいけどさ」

 あっさり返すのにちょっと考えて、

「そっちじゃなくて」

 と言ってみた。

「・・・うん?」

「帰んないんですか?・・・その・・・取締役のところに」

 鍵を開けてそういうと、それには答えないで僕より先にすっと足を中に入れて、脇に下がった僕の前を当たり前のようにして通り過ぎて部屋の中に入ってしまった。

「しばらく君のところに厄介になるって、言っただろ?」

「でもですね」

 バタバタ、と駆け寄った僕に主任と同じようにふわっと笑いかけると、「疲れたー」と言ってベッドに腰掛けた。

「で」

 どっちがこの部屋の主なんだろうと錯覚するくらい自然な溶け込み具合で、荒木さんは立ったままの僕に訊いてきた。

「なにが参ったって?」


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