表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/57

51 梶原理紗子のユウウツ<9>

 さすがに連日イタリアンは食べたくない、と言って今日のお昼は会社の裏にある和食処 『わのわ』 に来て、私は鮭わっぱ定食を、佐々木はお好み御前を頼んだ。そう言えばここのご主人も新潟出身で、このわっぱ飯と言うのは新潟の郷土料理だとメニューの最初に書いてあったのを思い出した。

 あ。

 日浦の出身も新潟だった。

 確か海の近くだって、言っていたような気がする・・・何しろ一番最初に企画室に来た時の挨拶の場面の記憶だから、確信はないがたぶん新潟だったように思う。

 縁があるって言えばいいのかしら。

 テーブルに出されたお膳には、木で出来た丸いわっぱと呼ばれる小さなおひつと、あとは豆腐とわかめのお味噌汁、筑前煮と漬物が並んでいた。この『わっぱ』にさまざまな具材とご飯を入れて蒸すので『わっぱ飯』 と言うのだけれど、蓋を開けてほのかに上がる木の香りが、なんとも言えず食欲を誘うのだ。

「いただきます」

 嬉しそうに言うのは佐々木、ホント食事時は美味しそうに笑うわよね、と思いながら、私も箸を取った。



 午前中の新規プロジェクトのプレゼンは、前半は商品部の高野部長による新しいレディスブランドの説明で、前の日に和孝から聞いていたよりももっと大掛かりで、商品部としては威信をかけたといってもいいほどの規模のものだった。

 なんといっても、今まで培った 『マーガン』 と言うブランド力をそのまま継承するのではなく、その発展と継続を賭けたもの、と言えると感じた。

 話を聞いていて、高野部長が長い間このプロジェクトをあたためていたのはわかった。それに自分がこの先『マーガン』を着続けられるだろうかと振り返ってみて、難しいと思ったのも事実だった。高野部長が言ったように体型云々の問題ばかりではなくて、そのデザインコンセプトに『可愛い・愛らしい』 が含まれる限り、30代になった自分には少し難しいと思ってきたところだったのだ。

 必然で必要なニーズってことか。

 会社がそれを今まで考えなかったとは思わない。でも、採算とか需要とか、そういったことを考えるとメインが紳士服、しかもイージーオーダーやフルオーダーが主だった当社にとっては冒険にはいるのかもしれない。

 だから尚更、この時期にいきなり、それもごり押しのようにして組み込んできたのはどうにも納得できない。自信を持って望むのなら、もうちょっと慎重になってもいいはずだ、なのにもう決まっている出店計画のターゲットを変えるくらいの理由はいったいどこにあるんだろう。

 何があったのかな?

 今朝読んだ経済新聞には、特に目立った情報はなかった。

 衣料関係の株価はほとんど安定している。自社株はマイナス10円だったけれど、それくらいの変動は1時間の間にだって起こる。あとは自分のところとは業種の違う光学機器メーカーの吸収合併の話、新しく出来る地下鉄の駅の売店の名前、今年のワインの出来具合がどうのというトピックス。

 ワイン。

 不意に川島涼子の顔を思い出した。



「・・・まいったわね」

「ん?なにどうしたのよ」

「あ、いえ今度のプロジェクトの話」

「ああ、新潟出店のことね。ラベール万代だっけ?ずいぶんいろんなテナントが入るって聞いてるけど、一番の話題は1階にはいるジュエリーショップよね」

「え?」

「ああ、聞いてない?表参道ヒルズにも入ってる 『ラバーズジュエリー』 が日本海側初の出店だって、ジュエリー系の雑誌に出てたわ」

 もぐもぐ、と口を動かしながら佐々木が言う。

 この人の情報網って、いったいいくつあるのかしら?

 佐々木の言葉に驚きながら、もしかしてあと何か知ってることはないかと箸をおいて聞いてみた。

「あとは?何か知ってる?」

「え・・・えっとぉ、GAPはキッズとベビーが入るし、4階のユニクロは他の店舗にはない商品が入るって聞いてるわ」

「・・・ふぅん」

「あと、ジェラードショップが入るって」

「ジェラード?」

「そうそう、イタリアのアイスクリーム。『La fiore fiorisce』 を出してる会社の系列だって、聞いたわよ」

「『La fiore fiorisce』って・・・」

 涼子さんのところじゃない。

 レースをところどころに散りばめた、ブルーのドレスを着た川島涼子が素晴らしいスタイルを見せ付けて立っていた姿が甦った。その姿を見たとき、どうしても負けられない、そう思った自分も。

「・・・参ったわ」

 これって本能的な対抗心なのかしら。

 呟きながら、筑前煮の照りのいい鶏肉を箸でつまんで口に持っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ