表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/57

50 ハイクラスってのはこれのこと

「どうしてここに」

 呆然とした僕の目の前で、嫣然と微笑んだ涼子さんは、取締役の腕に自分の腕を絡めてスクリーンの前までやってきた。

「みなさまこんにちは、川島涼子です。今回はこのような晴れがましい役を頂戴して、身に余る光栄でございます」

 チラッと僕に目をくれた後、隣の主任にははっきりとそれとわかるように会釈をして、先にいたモデルの二人をまるで両側に従えるようにすっと背を伸ばして立った。

 なんていうか・・・大女優って感じ?

「ポージングが素晴らしいわね」

「・・・え?」

 ポージング?

 言われて涼子さんをもう一度見ると、少し斜め向きに立って右足を左足にわずかに隠れるくらいに後ろに引き、上半身は真っ直ぐこちらに向くように捩じって、手は丁度腰の辺りで軽くまげて指先が合うようにしてしている。ウエストラインの細さが強調されて、なんだかドレスが身体に吸い付くように見えてドキッとした。

「プロのモデルがよくやるじゃない、一番綺麗に見えるように立つ事をポージングって言うのよ」

「へぇ」

「スタイルが単にいいってだけじゃ、洋服は綺麗に着こなせないから。背筋が綺麗に伸びてる、それが大事なのよ」

 以前モデルでもやってたのかしら?

 どこか悔しそうな気配を滲ませて、主任は涼子さんから目を逸らした。

 涼子さんは取締役にエスコートされて、一番端の椅子に座った。どこか親しげに言葉を交わしているのを見て、あれ?と思ったけれどこの場では何も訊くことは出来なかった。僕は高野部長が再び立ち上がったのを見て、手元の資料を繰って『エスタミ・グレース』のロゴを探し出した。さっきの『estami』の次に『G』が配置してあるだけのシンプルなもの、これも最初の『エスタミ』と同じくゴシック体なので、これからデザインを起こすということなのかもしれない。

「『エスタミ・グレース』 は 『エスタミ』 から発展した、大人の女性のための服だ。見てもらっているようにレースやサテンをふんだんに使って、ハイクラスなパーティシーンでも着ていけるようなドレスを展開していく」

 高野部長がそういうと、カシャリと音を立ててスクリーンに新しい映像が映し出された。

 それは何枚ものデザイン画で、涼子さんの着ているブルーをはじめ、ボルドーやゴールドなど、今まで 『マーガン』 では使っていなかった色の展開がそこにはあった。ドレスといってもほとんどがトップスとボトムズのセパレーツで、同じデザインでパターンがいくつも用意されているからその組み合わせでロングにもパンツスーツにもなるというアイディアが出されている。

「前々から考えていたってことだったけど・・・」

 高野部長はどれほど前からこれを考えていたんだろうか。

 ウチの会社では、女性服は 『ラウドネス』 の発表から遅れて半年後に発売された 『マーガン』 が最初で、そしてそれが唯一だった。『マーガン』は若いOLやお洒落に敏感な女子大生の間では人気のブランドで、『ラウドネス』 の隣に立つのなら 『マーガン』 と雑誌でコメントが付くほどになってきていた。

 でも、言われたとおり対象年齢層の幅の狭さは気になるところだった。

 女性の服へのこだわりは、男性の比ではない。でもそこは会社自体女性服をメインとして扱ってこなかったため、目を向けてなかったというのもあったと思う。高野部長は、それではいけないんだと考えていたんだろう。

 そこには「危機感」もあったのかもしれない。

 このまま幅の狭い客層相手にデザイン展開していっても、頭打ちになるのは目に見えている。高野部長も言ってたとおり、ブランドとして気に入ってくれた人たちも、年と共に好みが変わっていくのは十分考えられる。ならそこに新しいデザインと今までの志向を引き継いで、尚且つ世代に合った服を自分達が提供していかないと、他のブランドに客を取られてしまうことになる。

 せっかく 『マーガン』 と一緒に育った人たちを、みすみすほかに手渡すことはないじゃないか。

 今回のこの決断は、そう言っているように思えた。

 目を上げて、前で話す高野部長の顔を僕は見つめた。

 この人は、絶対の自信を持って今回のプロジェクトを立ち上げたんだ。

 そうして、僕ならできると言ってくれた。

 ちゃんと、応えなくちゃ。



「では続いて販売戦略の検討に移ろう」

 その前に一息入れようか、中山取締役はそういうと、立ち上がってそれまで隣で座っていた涼子さんの手をとった。

「今日はありがとうございました、このお礼はまたのちほどさせていただきます」

「・・・あらいいのよ、私はこちらとご一緒できて嬉しいんだもの」

 クスン、と口元の上がった笑みが、僕と主任を指差していた。

「え、彼らを知ってるんですか?」 

 取締役はそういうと、信じられないといった顔で僕と涼子さんを見比べた。

 知り合いも何も・・・・・。

 僕はそういいかけた口をぎゅっと閉じて、黙ってきっちりと頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ