5 ていうか、マジ?
着いたところはずいぶんと家賃が高そうな、デザイナーズマンションだった。
「えっと・・・どこですか」
入り口が3つもあって、防犯上の都合なんだろうか、部屋の番号しかついていないからどこが「梶原主任」の部屋なのかさっぱりわからない。
「奥奥」
指を指して教えてくれてるんだろうけれど、その方向が定まらないから「?」と思ってしまう。それでも先にたって行こうとするのを支えながら、洒落たレンガ造りの壁をつたって薄暗い中を歩いていった。突き当りまで行って、ポワンと点いた外灯に足を止める。
ああもう、なんだってこんな目に合うんだよ。
半分以上うんざりした気持ちで隣に立っていると、ぬっと腕が差し出された。
「鍵」
え?っと顔を上げたら、主任は明らかに寝ている表情で僕に「はい」と言ってきた。
「あげる」
「あげるって、わっ」
ぐらん、と傾いだ身体は僕の肩にもたれかかってきて、ただでさえ危うい足元がその重みでぐらついてもう少しで倒れそうになる。
・・・・・まったく、だから酔っ払いって困るんだよ。
タクシーに乗る前から、何度思ったかわからない言葉をまた頭の中で繰り返した。
梶原主任は、普段は本当にきりっとしてて女性としても上司としても、尊敬はしていた。そこには美奈ちゃんにはない「強さ」があると思っていた。美奈ちゃんは、見た目どおり可愛いし、それに外見からするとわがままなのかなと思っていたのに結構さりげない気配りなんかも出来て、いい子なんだなぁと感じてはいたけど、それとは違う「何か」をこの人には見ていた。
と思っていた。
なのに、と不意に肩にかかる温かさを感じながら、ため息をついてしまう。
なんだろう、この気持ち。憧れていたものから、色がなくなってしまったような喪失感。それは一度覚えたことがあるようで、僕の中にじわりと広がっていく。
って、え?
なんか凄く 『残念』 に思ってない?
その感覚にぎょっとした自分に驚いているところに主任がぺたりとくっついてきて、なおさらその温かさが生々しく思えてドキドキと心拍数があがるのがわかった。
えええ、ちょっと待ってよ。
この 『ドキドキ』 っていったい何?
「日浦、鍵はぁ?」
「あ、は・・・はい今開けますって」
間延びした声に返事して、慌てて僕は鍵を握りなおした。
カチャリと音を立てて開いた部屋の中は、大人の女性の一人住まいらしくさっぱりと片付いていた。
玄関から入ってすぐにあるスウィッチをつけると、連動してその奥のリビングの明かりも点いたようだった。その淡い明かりの中に誰の絵なのかわからない、綺麗な色合いの幾何学模様の額が飾ってあって、真ん中の黄色に目を惹きつけられていると、
「こっち」
と、強い力で腕を引っぱられた。
うわっと声が出てしまって入り込んだ部屋の中にある時計を見上げると、すでに深夜12時を回り、これから駅まで行っても到底終電に間に合わない、そんな時間になってしまっていた。
「しゅーにーん・・・・・」
僕は高円寺に住んでるって、知りませんでしたっけ・・・・・
あーあ、これじゃあ予定外の出費だな、と帰りのタクシー代を心配していると、くるりと振り返った梶原主任がにっこりと笑った。
「日浦、今日は泊まって行きなさいね」
「・・・ええっ?」
うそ、て言うか、冗談でしょ?
と僕が声に出す前に、しっかり腕を掴んだまま、窓際のベッドへ梶原主任は頭からダイヴした。
「マジ?かよぉ・・・・・」
僕の嘆きのような呟きは、誰も聞いてくれなかった。