48 でも諦めないから
はい?
とっさに何も口には出せなくて、ただ黙ったまま高野部長の顔を見返した。
よく目が点になるって言うじゃない、まさにあんな感じ。高野部長も黙って僕を見返してきて、そのままにらみ合うこと数秒。そうして部長の方から仕方なしって感じで声を掛けてきた。
「・・・なんだ、驚かないのか」
「いえ、驚きすぎて固まりました」
「ハ、ハハハ」
なるほど、君は面白いなぁ。
あの中山が気に入るだけのことはあるか、と言うと、ポンポンと肩を軽く叩いてきた。
「今年の夏の『マーガン』のコマーシャル、コンテのアイディアは君だって聞いたよ」
「ああ・・・いえ、あれは企画室で出し合った案なので」
あれを考えたのは、僕だけって訳じゃないよな。
そう答えて高野部長から離れようとすると、ぐっと腕を取られてますます距離を縮められた。
「いや、あの発想は販売にだけ使っているのはもったいない」
「ええと」
あの発想って。
「私は常々色の使い方をどう捉えているのか、それがデザインを決めるポイントだと思っている」
「はぁ」
「モノトーンが流行するからと言って、ただ前習えで黒と白ばっかり使っていたんじゃ周りに埋没する」
「はい」
「だからと言って、その中でカラーに走ると敬遠される」
「・・・はい」
「君はその微妙な機微を捉えることができると思うよ、ところで」
高野部長は僕の腕を放すと、机の上に並んだファイルの一つを取り上げた。
「テレビコマーシャルがどれほどの影響力を持っているか、君は知っているか?」
「影響力ですか」
「ある調査では、新聞などの紙の媒体は、ブランド認知度の約17%程度に留まる、しかしだ、テレビコマーシャルからそのブランドを知る人は73%にもなる」
単純に4倍だ、そういうとマーガンのブランドカタログにある、夏の新作発表の時に一面で使われたコマーシャルの一部を広げてみせた。
「これを見て『マーガン』を知った人が10人中7人いるってことだ」
それはマリンブルーを思わせる綺麗な青の中に、サイダーの泡をちりばめてその中にマーガンのロゴをまるで跳ねるようにして出現させたコマーシャルのフォトで、おおよそファッション業界の宣伝とは思えないところが逆に受けて、テレビコマーシャルを見てから欲しいという人が増えだしたそのカタログは、都内のショップから1週間かからないで全て人手に渡っていった。
「目から入る影響力は大きいんだ」
君にはそれを動かすだけの力がある。それを商品開発に生かしていってくれないか。
じっと見据えられて、僕はそれから逃れるように一時目を閉じた。
ちゃんと考えなくちゃ。
高野部長が僕を高く評価してくれているのはわかる。でも、それって商品を作る側だろうが売る側だろうが、その商品をどれほど愛してるか、によるんじゃないだろうか。
僕は、ウチの会社の洋服を出来るだけたくさんの人に着て欲しい。『着せたくなる洋服』をどんどん宣伝していきたい。この客層ならどういうアプローチでもって行こうか、それを考えているのが楽しい。ショップに居た時だってそうだ、一枚のTシャツを、どうやったら目立たせることが出来るのか、かっこよく見せることが出来るのか、それを考えてきた。今はそれが、一つの店舗としてどうやって見せたらラウドネスやマーガンの商品がより効果的、魅力的に見えるかを考えていると言うことになってるだけだ。もともとの考えはずっと変わってない。
変わってないんだ。
「僕は、できるだけ多くの人に自社の商品を知ってもらいたいです」
「・・・だから?」
「企画課にいて、それをやって行きたいです」
「ふぅん」
なんだ、と言って高野部長はコツコツと足音を立てて椅子まで戻っていった。
「香西の言ったとおりだな」
「は?」
「香西、あいつが君はうんとは言わないさ、と言ってた」
「部長が」
「そりゃこっちだって君にいきなりこんな話はしないさ、根回しはいろいろとさせてもらったが、どこもかしこも首を縦に振らないのでね、直接ぶつけてみたんだ」
でも、やっぱりだめってことか。
あーあ、とわざとらしい溜め息をつくと、高野部長はファイルブックを持って立ち上がった。
「じゃあこれからの会議で、私がなにをしていきたいのかきっちり聞いてくれたまえ。それを生かしてくれるのは君だと信じているよ、それが今私を振った君に出来る、唯一のことだからね」
ま、でも新規出店の成果が出たら、また考えてくれてもいいんだけどね。
こっちも諦めないから、と言いおいて、高野部長は先にたって第一会議室へと向かっていった。
マジですか。
諦めないから、と言った一言が、僕の中で繰り返しこだましていた。