45 僕だってそう思うよ
「・・・まったく、なに考えてるんだか」
「いや、僕だってこんな急にだなんて思ってなかったって」
「どうだか」
「ほんとだよ、社長が話進めろって言うからさ」
「いつ?」
「今朝の重役会議」
「けさぁ?」
だったらなんで昼に会ったとき、日浦に言わなかったのよ。
主任は目の前に座った取締役に、詰るように言った。
そうしてむすっとした顔で、甘鯛のカルパッチョをフォークで突き刺す。香菜とオリーブオイルの彩りが綺麗なそれは、主任の選んだ白ワインとすごく相性が良くて、一緒に出された温菜のガーリックトーストとチーズのグリルともいいコントラストで一口食べるたびに美味しいと思わず言いそうになる。なのに仏頂面を見せる主任に、そんな顔して食べちゃ美味しいものもおいしく感じなくなっちゃうよ、と昔姉に諭されたことを思い出しながら、僕はカリカリしたチーズの触感を味わっていた。
高野部長と香西部長の思いもない新規出店提案に驚いて、しばらく頭が真っ白になっていた僕の脇で主任は、
「中山取締役、あとでご相談させていただきたいことがあるのですが」
ときっちりと主張した。
「この件?ならそれは明日で・・・」
「いえ、ラウドネスの春の広告展開の件で」
「・・・あ」
「よろしくお願いします」
こんなに潔く会釈されたら、「わかった」と返事するしかなかったんだろう。取締役はじゃああとで連絡するよ、と言ってその場は両部長と連れ立って去っていったのだけれど。
ホント僕だって「なに考えてるんだ」と思ったくらいだから、主任は相当だったんだろうな。
暗に荒木さんのことを含んだその相談に、どこか乗り気じゃなさそうな取締役を引っ張ってきてここ 『La fiore fiorisce』 に着いたとたん、「和孝のおごりだからね」といい置いて次々と料理を注文しだしたのだ。
テーブルには色とりどりの料理が並んでいて、中には砂肝のコンフィチュールなんていう、ペーストよりは柔らかい口当たりのそれをクラッカーに載せて食べるなんてのもあって、面白いよなぁと思っていたんだけれど。
それにしては、テーブルの雰囲気はあんまりよくないよね。
隣で牡蠣のフライを口に入れて、美味しい、と目が語ったのを見た取締役が、「美味しいよね」と言ったとたんにプイ、と横を向いた主任が僕と目があって唇を尖らせた。
「あの」
僕はワインのグラスを空けた取締役に向かって聞いてみた。
「新潟出店の件は先方にも確認してからでないと、どう企画を立てていいのかわかりません」
「うん・・・そうだね」
「出店予定の『マーガン』が20代から30代がターゲットだったので、他の出店リストとも合わせてみて採算が取れると思ってましたが」
姉ブランドとなると、ターゲットが若干上がる。そうなると客質・客層の市場調査も照らし合わせていかないと、どう展開していいのかの判断がつかない。ラベール万代にはユニクロとかGAPとか、若い世代が中心のブランドが出店予定だ。そこに同じ客層をターゲットにして少し高級感が盛り込まれた『マーガン』をぶつけるのは、長い目で見ての投資と言う意味でも行けると踏んでのこと、これは出店計画を立てたときからの重役クラスの主張だったはずだ。でもそれよりも上の年齢層を狙うとなると、例えばデザイン一つ、ワンピースのアームホールの大きさ一つだって違うはずで、客の動線上にポンと年齢層の掛け離れた印象を持ったものがあるとどうなるのか、わかりそうなものなのに。
これじゃはじめっからやり直しだ、そう思って言った意見だった。
「採算ね」
うん、そうなんだよね、と取締役がぼやくように言った。
「日浦の言うとおりよ、何で今更ターゲットの変更なんて」
私の言いたいことを全部言ってくれた、とにっこりと主任が笑う。でも、さっき取締役は「社長が進めろ」と言ったといっていた。てことは、これはもう決定事項なんだよな、と半分覚悟を決めて次の言葉を待っていたとき、
「実は、マタニティまでカバーできればって言ってるんだ」
「えっ」
「はぁ?」
なに言ってるの、和孝っ
主任が腰を半分浮かせて驚いたように言う。僕だって驚いた、マタニティって、今までウチの会社のラインにはなかったじゃん。
てことはやっぱり大掛かりな新規プロジェクトの一環と言うことになるのか。
コクン、と思わずつばを飲み込んで取締役の顔を見上げた。
「社長が・・・いや、親父がそういってるのはさ、実は」
「実は?」
早く言いなさいよっと主任が声を荒げる。うん、僕も気になる、その先は。
取締役は、その剣幕に押されるように目をうろうろと泳がせて、ぐるりと店内を一周した後、何かを決めたようにうん、と一つ頷いて僕らの方に顔を向けた。
「親父に子供が出来るからなんだ」
はぁ?
僕と主任はバッと顔を見合わせて、次に主任はテーブルの上に身体を乗り出して言った。
「子供ですって?」