4 酔っ払いは大変です
えーと・・・
自分があんまりお酒に強くないってことを、これほど恨めしく思ったことはない。
強くないからさして飲もうと思わない。だから酔っ払うってことがあんまりない。
でもさ。
・・・・・
マジ?
「じゃあ月曜日ね〜」
とニコヤカに手を振る美奈ちゃんに片手を挙げて、手を振り返そうとすると後ろからぐいっと伸びてきた腕に首を引っ張られる。
「・・・わぁっ」
バランスを崩して転びそうになった僕の真後ろで、「日浦っもう一軒行こうっ」と大きな声が響いた。
僕、日浦章吾。
『ラウドネス』、という名のメンズカジュアルウエアの会社の企画室で働いている。
でなんで今、「マジ?」って思ったかって言うと、
「もう一軒行くって言ってるでしょっ」
と俺の腕を強引に引っ張って、 『上司』 がくだを巻いているからだ。
今夜は冬の新作に向けてのプローモーションに一区切りがついて、それまでの苦労をねぎらう意味でも「パーッとやりますか」とみんなの意見が一致して、久々に企画室のメンバーで呑みに出かけたんだけれど。
何で僕だけ主任に捕まっちゃうんだよ。
ていうか、この人こんなに酒癖悪いって、どうしてみんな教えてくれないんですか!
「梶原・・・主任?」
行くぞーっと言って歩き出してすぐ、そうだな、5歩も歩かないうちにカクン、と主任の足が止まって、僕が声をかけるとグゥンと前のめりのなっていくところだった。
「うわっ・・わっわっ」
とっさに前に回ったけれど、倒れてくる、と思った身体は意外にも僕の両腕の中にやんわりと収まって、クスクスと笑ったかと思うと僕の耳元で、「あるけなーい」と言い放った。
歩けない?
ってさ、じゃどうしろって??
困惑する僕をよそに主任は腕の中で笑い続ける。だからさ、酔っ払いってば始末に終えないんだよね。
「あの・・・もうお開きにしませんか」
歩けないって言うんなら、タクシーでも捕まえて押し込んじゃえばいいや、と面倒くさくなってそう思ったりしたけれど、そうは問屋がおろさなかった。
「まだ帰らないって言ってるでしょ」
意外にもしっかりした声で返事が返ってきたりして。
あーーー、なんかぐったりする。
「駄目ですってもう終電なくなっちゃうし」
「・・・・・なんだと?」
そのとたん、きらん、と音がしたようにその瞳が見開いた。
「上司の言うことが訊けないっての」
あああああ。
今の状態でそういうことを言う?
まるで大きな荷物と化した主任は、僕の腕の中でとてもえらそうな顔をした。それがまた、いつもオフィスで見る顔とあんまり変わらなくて、酔っ払いの戯言だって言うのをすっかり忘れるくらいきりっとしてて、思わず僕は顔を横にぶんぶんと振った。
「じゃ、行こ」
とはいっても、もうぐだぐだの足元は到底飲み歩ける様子とは思えなし。で、そのとき「あのそれじゃあ・・・」と僕はいいことを思いついた。
「主任の家まで送っていきますよ、そこまでならお付き合いします」
さすがにこんなに酔っ払っている人とこのまま呑みに行って、そこで「はいさようなら」と言うわけには行かない。かといってここで素直に離してくれるとも思えない。と考えた末の苦肉の策だったわけだけれど、それがいけなかったんだ。
「主任のお宅って、どこなんですか?」
タクシー、と声には出さないで言いながら手を上げて、運よく1台が目の前にすべるようにして止まった時、主任はまるで唄うようにしてその場所を告げた。
「田町」
・・・・・・・・・・
高円寺と正反対じゃないですか。
僕の帰りはどうしよう、と途方に暮ている背中を「さっさと乗って」と主任はドン、と押してきた。
「お客さん、どこまで?」
運転手さんの妙に落ち着いた声が、僕の頭の上を通り過ぎる。
「ベルーナ田町まで」
じゃあ近くに行ったら曲がり角とか教えて下さいね、と言う運転手さんの言葉を最後に、タクシーは街のイルミネイションの流れの中へ走り出した。