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39 梶原理紗子のユウウツ<7>

「・・・はぁ」

 手にしたフォークでパスタを絡めとろうとするけれど、うまくいかなくて溜め息をついた。

「どうしたのよ」 

 手を止めた私を、訝しそうに佐々木が覗き込む。

 その佐々木はさっきから精力的に皿の上のものを次々片付けていた。 昨日日替わりランチを食べたあと貰って帰ったメニューの中に、ミニピザが付いて1000円のレディスランチと言うのがあると知った佐々木が、どうしても今日のランチもここに来ると言って引っ張ってこられたイタリアンレストラン『La fiore fiorisce』には、入ったときにぐるりと店内を見回して川島涼子がいないのを確認したけれど、やっぱりどうにも落ち着かない。

「昼前からちょっと変よ」

 もぐもぐ、と口を動かしながら言うのになんでもないわ、と返して、仕方無しにパンを千切った。

「朝はなんだかすごくウキウキしてたじゃない、なんかいいことでもあったのって、聞こうと思ったくらいだったのに」

 春物のコレクションについてもう一回練り直すって言って、会議室で日浦と話し合ってからよね、なんか面倒でもあった?

 何にも知らない佐々木は、仕事のことと決め付けてくるけれど、そうじゃないから余計に面倒って言えば面倒で。

「・・・・・はぁ」

 蜂蜜の混ざったマーガリンをほんの少しつけて、口の中にポンと投げ入れた。




 上原圭一が朝ごはんを作ったと聞いて、驚いて立ち上がった。

「なんでよ」

 思わず聞きただすと、それに圧されたように「え・・・ええと」と日浦が言った。

「なんでって、えーと」

 一緒に住んでるから。

 さっきまでの甘い雰囲気が一気に冷え込んだように心配そうな顔を向けてきた。

「・・・ああ、もう」

 私ったらこんなことじゃまたビビらせるだけで終わっちゃうじゃない、とその顔を見てはっとする。仕方ないでしょ、日浦は上原のことをただの先輩だと思ってるんだし、それに、宣戦布告したのはこっちなんだし。

 あの男がそれで引き下がるとは思えない、と考え直して、ならこっちは出来るだけ普通の顔をしていようと自分に言い聞かせた。

 そうよ、日浦にはその気はないんだから。

 何にも心配することなんかないわ、と独り頷いて、すぐそばに椅子を引いて座った。

 さっきまで抱きしめてくれていた腕、思ったよりも力強い抱擁は、ドキドキしていた気持ちを余計に奮い立たせて、もっと近づきたいという欲望が湧いてくる。顔を振るときっと触れてしまう、そんな近くに意外に柔らかかった唇が見える。啄ばむようなキスになんだか気持ちいい、なんて思っていたら舌を差し入れられて、驚いて突き放してしまったけれど。

 驚いただけなの、だって昨日の今日だし。

 ってすぐに言えばよかったのよ、私ってば。




「でもなぁ」

 パスタを弄びながら独り言が出てしまう。

 アプローチとしては強引過ぎたのかしら?そりゃ、いきなりキスされるなんて思ってなかっただろうし。

 あああ、そうよそうかも、とフォークでガシガシと皿を突き刺していたら、佐々木が恐ろしいものでも見るように眉をひそめた。

「・・・ねぇ、なんかあったんでしょ、それともストレス?」

「なんにもないって」

「だって、明らかにおかしいもの」

 最後の一口になったピザを、あーんと言いながら口に運ぶと、「んだぁってんねぇ」と言葉にならない声を出しながら指差してきた。

「ここ、皺が寄ってる」

 ここ、と言われてつんと押されたのは眉と眉の間、眉間と呼ばれるところ。えっ、と手を持っていくと、クスリと笑って「ねぇねぇ」と聞いてきた。

「それとも、日浦クンに迫って断られたとか」

「・・・・・・・・・えっ」

 なにそれっ。

 突然のことにフォークを取り落としそうになる。

「だってさ、見てればわかるって。あなた日浦にぞっこんでしょ?」

 いっつも目で追っかけてるじゃない、声のトーンだって日浦を呼ぶときだけ違うんだもの、自分で気が付かなかった?

 呆然とする私に、これぞ極め付けと言うセリフを言った。

「会議室に呼び出すなんて、見え見えなことするんだもの、わかる人にはわかるっての」

 ふんふん、と鼻歌交じりにデザートのキャラメルソースがけのアイスクリームを掬いながら、佐々木がニヤニヤと笑う。

「そっかーそれならわかるわよ、残念だったわねぇ」

 全然残念だと思っていないような口調で言って、「これって美味しいわぁ」とスプーンを舐めた。



「違うわよ」

「なに?」

「違うって言ってるの、まだ振られてないもの」

「・・・え、なに、じゃあ迫ったのってばホントなの?」

「迫ってないってばっ」

 日浦から好きだって言ってくれたのよ。

 でもそれを佐々木に言うことはできなかった。言ってもいいかと思ったけれど、でもそれよりも気がかりが大きすぎた。

 自分の惚れてる男が、その男を狙ってるって公然と言ってのけた男と一緒に暮らしてるって、やっぱりどう考えたっておかしいじゃない。

 しかも。

 自分の身内がそこに転がり込んだだなんて、言えないっての。

「はぁ」

 今日何度目かの溜め息をついて、ぐずぐずになってしまったパスタをフォークでかき集めた。


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