32 宣戦布告?
「冗談じゃないわ」
和孝をとにかく捕まえて話を聞かないと。
今すぐにでもここを出て、どこにいるのか突き止めないと、そう思って持っていたバッグから携帯電話をとりだすため立ち止まると、
「あのさ」
と上原圭一が恐る恐る声を掛けてきた。
「俺が言ったんだって荒木さんには言わないでくれる?」
「なに言ってるのよ」
「だって、ずいぶん迷った末って感じだったんだ。他人には言えないって感じでさ」
「・・・じゃあ、なぜあなたには言ったの」
「そりゃ」
なんと言おうか迷ったように口ごもってから、上原はにやっと笑った。
「俺、部外者だし」
何にも知らないヤツの方が、言いやすかったんじゃないの。
そういうと立ち上がって私の隣に来て小声で囁いた。
「余計なことだけどさ、ちゃんと話を聞いてからにしてよ。荒木さんにしろ相手の男にしろ」
まるでその余計なことをしそうだとでも言うように、念を押される。
わかってるわよ。
ふん、と横を向いてカウンターまで戻ろうとして、そうだ、とさっきから気になっていたことを私は口にした。
「あなたは本当に男と付き合う気はないのね」
「うん?」
「男って言うか・・・日浦とって意味だけど」
元はといえば川島涼子の勘違いとはいえ、この男が日浦と一緒に暮らしてるってことから始まった話だ。祐志のことといい、話のわかる男といえばそうなのかもしれないけれど、ボーダーラインの低いのは気になるところだし。
そう聞くと、さも意外なことを聞かれたように目をパチパチと瞬かせると、それこそ人の悪いといっていいような顔で、
「まぁね」
と答えた。
「ちょっと、なにそれ」
「や、だって俺どっちもいけるし」
「さっきと話が違うじゃない」
「男だからって誰でも好きにならないってヤツ?」
そうそう。
「だって俺日浦のこと気に入ってるし」
えっ。
「なに、そんなに驚くことないじゃん」
「驚くわよ、いきなりそんな」
「そっちだってまだ本物じゃないだろ」
クスッと笑うと、上原はカウンターでなにやら話しこんでいる日浦と川島涼子の姿を振り返った。どんな話をしているのか、真剣な面持ちで話を聞き入っている日浦の顔が一瞬驚いてすぐに笑った。
「あいつ、なにやってもいつもまじめでさ、なんかこう、ぐりぐりしたくなるじゃん。わかる?腕で抱えてぐりぐりしたくなるの。あいつがそこに居ると思うとなんかほっとして、こう、なんていうか」
上原の言いたいことは想像できた。
嬉しくなるのよ。
わかるわよ、それは。私だって同じだもの。
でもそれは声に出して言わなかった。この上原が私と同じように日浦を想っているだなんて、認めない。
むっとした顔で腕を組んだ私に立ちはだかるようにして、上原は続けた。
「あんたの話はちょくちょく出てたんだ。職場にすごくかっこよくてむっちゃ美人の上司がいるって。話してるときの様子がまぁこれが嬉しそうでさ、好きって言うよりもホント高嶺の花にあこがれてます、そんな感じでね。あいつにはよく出来たねぇちゃんがいるって言うからそんじゃシスコン?とかって思ってたんだけど、それよかなんか本気に近いようだから、ま、応援してたわけよ。でもさ、本当に連れてくる日がくるとは思ってなかったって言うかさ、あんたに会ったら会ったでなんか俄然闘志が湧いてきたっていうか、ライバルじゃんかっていうかさ」
「ライバルどころか、あなたのことははじめっから日浦は考えてないって言うのっ」
だから私が今夜彼女として一緒に来たんじゃないのっ
「わかんねーって、先のことなんかさ」
もうわかってるっていうの、その話が本当なら、私と日浦は両思いだってことになるじゃない。
だったら、何を戸惑うことがある。私の方が年が上だとか、会社の上下関係だとか、大人の顔をしている場合じゃないでしょ、梶原理紗子。何より、こんな男に邪魔なんかさせないわ。
ニヤニヤと笑い顔の上原圭一に、宣戦布告のように指を突きつけた。
「誰があなたになんか渡すもんですか」
和孝を捕まえるのも、祐志を問いただすのも、もう後回しにしたっていい。
それよりも日浦は絶対、私のものにするのよ。