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30 見た目が9割?

 先輩と主任が席を立って、何が起こったのかさっぱりわからない僕は先輩に『ちょっと借りるな』と言われたものだから無理に追いかけることも出来ずにいて、そのままカウンターでウーロン茶を飲み干してしまった。

「なんか変な感じになっちゃったわね」

 涼子さんが二人の後を目で追って言う。

 その時トレイをもってカウンターの内側に入ろうとした睦己君に、「私にカシスソーダを」と言った後「あなたは?」と振られて、またウーロン茶でいいです、と返事したらちょっとだけ意外な顔をされた。そうしてさっきまで主任が座っていた椅子に移ると、「アルコールって苦手なの?」と聞いてきた。

「苦手って言うか・・・」

 あんまり好きじゃないんです、と言うのはやっぱり苦手ってことだよな、とそこで口を濁すと「うふふ」となぜだか嬉しそうな顔をされた。

「日浦さんって」

 斜めに身体を向けている涼子さんは右手でカウンターに凭れ掛かると、僕の名前を呼んでゆっくりと脚を組み替えた。なんかゾクッとしたのは、気のせいだよね?

「素直なのね、思ってることがすぐ顔に出るわ」

 クスクスと笑うのがなんていうか、背中がゾクゾクッとするんだけど、これってなんだろう。そう思いながら睦己君が差し出したウーロン茶に手を伸ばすと、その手にすっと涼子さんの手が重なった。

 ひんやりとした指先は、ビクついた手の甲をするりと撫でると次に出てきたカシスソーダのグラスに伸びた。

 ほんの一瞬だったから、何のことだかわからずに「あの」と声を掛けると、

「そんなに怖がらなくてもいいのに」

 とまたクスクスと笑われる。

「でも意外だったわ」

 ゆっくりとソーダの気泡の上がっていく液体をコクンと一口飲んでから、涼子さんが真っ直ぐ前を見て言った。

「本当に彼女を連れてくるんですもの、仰るとおり綺麗な人ね」

 若くて、お仕事が出来そうなカンジの人よね。

 そこで口元を引き上げたのにはどんな意味があるのか、僕には想像つかなくて「そうなんです」と即答した。

 とたんに「あははは」と声を上げて笑い出すと、涼子さんはさもおかしそうにバンバンとテーブルを叩いた。

「だから素直だって言うのよ」

「は、あの」

「あなた、本当にあの人と付き合ってるの?」

「・・・えっと」

 本当に、といわれるとどうやって答えたらいいものか。ちょっとそこで詰まってしまったのを涼子さんは見逃さなかった。くるりと僕の方に身体後と向き直ると、僕の腕に手を掛けてぎゅっと押さえつけながら、

「嘘はダメよ」

 と、きっぱりと言い切った。

「・・・でも彼女の方はあなたのこと好きみたいね、それはすぐにわかったわ」

 腕を押さえている手に力が入るのがわかる。僕は「えっ」と言ったきり、なんて言ったらいいのかわからなくて涼子さんの顔と手を交互に見比べた。

「だってかわいいじゃないの、好きな男の前では一生懸命可愛らしい女でいたいって顔に書いてあるもの」

「好きな男って」

「やだ、自分のことでしょ。なに言ってるのよ」

 僕のこと?

 驚いて顔を上げると、にんまりと勝ち誇ったような顔をして涼子さんが頷いた。

「嫌いな男の為に誰があんなふうに嬉しそうな顔をして隣にたったり、人を威嚇しまくったりするもんですか」

 あなたって、何にもわかってないのねぇ。

 ふぅ、とため息をつくと、涼子さんは僕の両手を取って「ね?」と訊いてきた。

「あなたは彼女のこと好きなんでしょ?でもどこが好きなのかしら」

「どこがって、すごく美人で仕事も出来て、尊敬してますし・・・」

「それって彼女を好きってことじゃないでしょ」

「え?」

「だってそれって全部見た目でしょ?」

 見た目、そう言われてもぴんと来なかった。こんな人が僕の彼女だったらどんなにいいか、そう思ったのは確かだし主任のことを尊敬してあこがれているのも違いないんだ。

 なのに、それが好きってことじゃないって。

 あの朝嬉しそうに笑ってた主任の顔がふいに浮かんできた。思いがけずに一晩一緒に過ごしてしまった日曜日の朝、カップスープの向こう側で柔らかい笑顔を見せた主任のことを。

 いつもとは違う、なんだかそれをいつまでも守ってあげたくなるようだった笑顔を。



「でも、僕は主任のこと好きです」

 誰がなんと言おうと、これはもう気づいたことだから。

「ふぅん、そう」

 そう言うと、涼子さんは僕から手を離して胸の前で腕を組んだ。

「だったらちゃんと言わなくちゃダメよ」


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