3 お仕事大変です
「あー待ってたよぉ、これコピーね!」
一抱えあるファイルに視界をさえぎられながら歩いていたら、いきなり声をかけられた。
「日浦っこっちが先!」
声の主のほうに行きかけたら、見えない方向から袖をひっぱっられた。
「日浦君、それ終わったらこっちね」
と思ったら、たぶんデスクの向こう側から声が掛かるし。
「日浦ちゃ〜ん、コピーは15ページ1組で50部だよぉ〜」
お局さまの佐々木先輩は、そんな状況はお構い無しに用件を言いつけるしっ。
冬の新作発表のために僕が出した企画はことごとく駄目だしされて、さっきまで企画会議で散々絞られて帰ってきたオフィスで、今度は先輩方に散々絞られた。
マジかよ・・・
コピーって僕の仕事ですか・・・
そりゃあまだまだまともに企画が通ったことはありませんが、15ページ1組で50部ってさ・・・一体どれだけかかるんだ。
僕はドンと渡されたファイルブックと、スクラップ用の雑誌と、原稿の入ったクリアファイルを抱えてよたりと足元をふらつかせた。
「はーい、コーヒーでぇす」
ぐったり、と今言い付かったコピーの原紙を持って椅子に座り込むと、普段僕の隣で事務処理をしている新人派遣社員の美奈ちゃんが、僕の机にトンとマグカップを置いてくれた。
「あ、サンキュー」
どういたしましてぇ、とにっこり笑った彼女は僕より年下、そういえば短大に行ってる最中には雑誌モデルをしてたって聞いたことがある。
うーん、間近で見るとやっぱ可愛いもんなぁ。
と、ぼーっとその美奈ちゃんの後姿を眺めていた僕の頭を、ポカリとポスターを丸めた筒が襲ってきた。
「コラ、日浦」
「は・・はいっ」
うわっと見ると梶原主任が目の前に立ってる。
「なにやってんのよ、さっさと仕事!」
カツン、とヒールの音を立てて腰に手を当てた主任はなんていうか、むっちゃくちゃカッコイイんですが。
丈の短いジャケットの下は襟の大きな白いシャツ。それを外に出さないでピッタリ折ってジャケットの襟に沿わせているってところが、隙のなさそうでありそうでっていう微妙な感じがする。いつもながらオシャレって言うしかない。
でもこの人、仕事となると容赦がない。さっきだって僕の出したカタログのレイアウトに、情報を見せるよりもここはイメージ優先だろ、と言って却下したのはこの主任だった。
『折角腕のいいカメラマンに撮って貰ったんだから、全体をこまごま見せるのもいいけどアップショットで裁ち落とし、それでインパクトを出した方がいい』
特に雑誌掲載の場合はどうやって読者の視線を持ってくるかがポイントだ、そう言って3ページの特集記事を演出していく。
1ページ目は、ぐっとせり出した肩にかかったジャケットから覗くデコルテに興味を持っていかれる。中にチラリと見えるシルバーのアクセサリーがむちゃくちゃ映える。ああそうだ、男の目線で見るよりも、ここは女性視点が優先、だから『イメージ』 が先なんだ。 こういうのを着てる彼氏と並んで歩きたい、自分の彼氏にはこういうのを着せたい、そんな憧れをムクムクと引き出すっていうのが『ラウドネス』 の得意とするところなんだから。
一転して中の見開きでは、実用的なコーディネートが並ぶ。
男性月刊誌の中でもビジュアル系といわれているそれは、購買層を調べてみると意外に女性客の方が多かった。それを踏まえての演出は「買いたい」よりもまず「着せたい」がポイントだけど、でも媚びてない。
いつもながら鮮やかだなぁと思った。
その鮮やかな発想の主任が、コピーのために立ち上がった僕ににっこりと笑いかけた。
「日浦、さっきの企画なかなか良かったから。次は頑張んなさいね」
君のセオリーに囚われない発想は、結構貴重よぉ。
ポンと叩かれた肩が、そこだけじんわりと暖かくなったような気がして、僕は「はい!」と直立して返事をした。
「次は頑張んなさいね」
うって変わった低い声が、すれ違いざま僕にぼそっと囁く。
ぎょっとして振り返ると、佐々木先輩が主任の格好を真似してしゃなりしゃなりと立ち去っていった。