29 クラブでパーティー
「ちょっと、いつまで引っ張ってるのよ」
ぶん、と腕を振り上げて上原の手を振りほどいたら、「ワリィ」とひとこと言ってきた。
いったい何事?と思って訝しげな顔のまま真っ直ぐ相手を見据えると、「あのさ・・・・・」と言ったきり今度はあさっての方向を向いて何かを言い出しにくそうにしている。全くなんでこんなところに引っ張ってこられなくちゃならないのよ、と腕を組んで構えたら、
「あんたさ、荒木さんの付き合ってる人、誰なのか知ってる・・・のか?」
恐る恐る、といった様子で聞いてきた。
なんだ、そういうことか。
この人は私が祐志がゲイだって事を知らないと思ってるんだ。そう考えればなかなか話をしたがらないという理由もわかる。身内には隠しているという方が多いというのは想像できるから。となると、やっぱり和孝の所為で何かが起こったということなのかしら?
日曜の朝、慌てた様子でかかってきた電話を思い出した。
本当に、なにをやらかしたのよ、和孝。
私は目の前で「参ったな」と頭をかく年下の男の顔をじっと見た。
偶然なんだとは思うけれど、何で日浦の先輩だというこの人と祐志は知り合いなんだろう。六本木に知り合いがいるだなんて、今まで聞いたことがなかったわ。
しばらくそうして黙っていたけれど、上原が痺れを切らしたように「なぁ、どうなんだよ」と言ってきたのに「そうね」と答えた。
「わかってるわ、誰なのかもちゃんと」
「なんだ、そうなんだ」
公認かよ、といった顔は少し安心したようで、そこでやっと「座ってよ」とボックス席に座るようすすめられた。
「あのさ、知ってるならあんたにもこの話は聞いといて欲しいんだ」
よほど言いにくいことなのかすっと目線を下に逸らしてから、上原は話し出した。
祐志とはここの系列の店で顔見知りになったということだった。
「そこも涼子さんの店なんだけど」
川島涼子はこの上原圭一の父親と離婚してから、フード産業を手広く展開している川島信介という人と再婚して、そこからこの世界で水を得た魚のようにその才能を発揮させ、今のフードコーディネーターとしての地位を確立したというのだ。今までにない発想と店舗展開を思いつくのが得意でね、そう言うと、なんだか自慢しているようにクスリと笑った。
「ちょっと先の交差点の角にまるでファッションビルみたいな飲食店オンリーのビルがあるでしょ?あそこの3階の『Nebbish』って知ってる?結構流行ってるんだけれど」
その店は最近のファッション雑誌の3冊に1冊は紹介している『今一番行きたい店』と言われているところだった。いわゆる『クラブ』で、有名人も多く足を運んでいると紹介されていた。
「そこでね、月にいっぺんくらいの割合でパーティーがあるんだ。あ、でも他のパーティーもあるから毎週なんかしらあるんだけどさ」
核心を話したがらない上原は、まずは自分と祐志の間柄を説明したいらしい。そう考えて構えていた気持ちを少しだけ緩めた。
「で、そのパーティーってのがメンズオンリーでね」
そう言って、チラリと私の顔を見上げた。
ずいぶん気を使っているのだろう、そう思うとなんだかじれったくて、「わかってるわ」ともう一度言った。
と、すぐにぎょっとして顔を向けた。えっと、そうだとしたらやっぱり川島涼子の言ってることは本当なの?日浦はあの調子じゃそんなつもりは無いかもしれなくても、この上原はどうなのかわかったものじゃないわ。
「まさかあなた・・・」
あからさまに怒気を込めて見返すと、「ほら、だからさぁ」と困った顔をした。
「涼子さんもそうなんだよ、俺のこと男オンリーだって決め付けるんだ。俺はそこにはゲストで行ってるんじゃなくてスタッフで行ってるの。そりゃ、別に人の好みをとやかく言うつもりはないし、結構受けもいいし、なんだかんだでそのパーティーに呼ばれることが多いけど、でもさ、そういうのって普通の恋愛と同じでしょ?」
相手が男だからって、構わず誰でも好きになるってもんでもないでしょう。
はぁ、とタメ息を吐かれてなんだか申し訳なく思ってしまった。そうだ、普通の恋愛と同じ、祐志だって和孝じゃないときっと好きにならなかった。ずっと傍で見ているのだから、それはよくわかる。
「そうね」
ごめんなさいとは言えなかった。他に言葉が見つからなくて、私はそれだけ返した。
私が素直に返事をした所為か、上原はちょっと目を見開いてすぐに笑い返してきた。
「まぁそれでさ、そこに荒木さんはパートナーを連れてきてたんだけど、こないだ途中で相手が帰っちゃった事があってさ、なんか喧嘩でもしてたみたいだから気になっちゃって」
ほら俺ってそういうのに気がついちゃう人なわけよ。
ちゃんとした説明になっていないような気がしたけれど、そこで祐志はこの人に私には言えないことを話したというわけだ。一見軽そうに見えるけれど、この上原という男はなぜだか話をして見たいという気にさせる何かを持っている印象をしている。こうやって面と向かって話をしていると、それが自然に思えてくるのが不思議だった。
「場所を移しましょう、って言って、こっちに来たんだけどさ、それが結構ヘビーな話だから俺じゃどうにもならないし」
そこで一時、言葉を区切った。
これからが核心だ、そう思うと私はほんのちょっとだけ身を乗り出した。
「・・・で、荒木さんのパートナーって人に縁談が持ち上がってって言われてもさ」
「は?」
「あ、いや縁談・・・」
「なんですって」
バン、とテーブルと叩いて私は立ち上がった。私の剣幕に驚いたのか、上原は身体をずずっと後ろにずらした。
和孝。
あんたはそんな大事なことを黙ってたの?!