28 ちょっとこの人借りるな
「それって・・・マジ?」
あんまりのことでとっさに声をかけられなくなった僕より先に、先輩は言った。よく見るとその驚きようは相当なもので、まるで怒っているようにも見えた。
「ええ、それがなにか」
周りがあんまり驚いたものだから、主任はきょとんとした顔で「そんなに変?」と僕に聞いてきた。
「変って言うか・・・」
まず想像すらしなかった。そりゃあ美男美女でお似合いで、そういえばなんとなく雰囲気も似てて意見の出し合いの時なんかはそりゃあもう遠慮の一つもなくて、その感じがすごくいいなと思っていたんだから。
ふるふると顔を横に振って、「変じゃないですけど・・・」とそのあとが続かなかったら、先輩がずいっと身体を乗り出してきた。
「なぁ、マジかよ」
「なんか気になる言い方ね」
隣で聞いててもどうして先輩がピリピリしてるのかわからなくて、僕はなんていっていいのかわからなかった。するとすぐのその怒気を引っ込めて、
「え、ああ・・・いやぁ」
カリカリと頭をかいた。
ハハハと笑い返すのがすごく白々しいって、先輩。さっきまでとは打って変わって「じゃあ次はなに作りましょうか」なんていきなり聞き返したりして、変なヤツ、と主任が小声で言っているのが聞こえてきた。
双子の弟だって。
隣でストロベリー・マティーニのグラスを持つ主任の顔を見た。昨日会った荒木氏とは、その顔かたちは似ているとは思えない。よく言う二卵性双生児ってヤツなのかな、なんて思いながら、でもなと疑問がわきあがる。
荒木氏が弟。
だとしたら、なんであの時抱き合ってたりしたんだ?あ、やっぱり中山取締役にきついこととか言われたり、最悪別れ話だったりして。
それをこのとき聞いちゃえば、こんなことにはならなかったのに。
あの時に僕がどんな恰好で主任に目撃されたのかなんてことはすっかり頭に無くって、ただただ主任にとっていったいどんなことが起こったのか、それを考えるのに一生懸命で、この先話が全然違う方向に進むだなんて思ってもいなかった。
「・・・・・あ」
先輩がカウンターの内側に戻って涼子さんの注文『X・Y・Z』を作り始めたとき、ふと思い出したとでも言うように、主任は先輩の方にがばっと顔を上げた。
「もしかして、祐志と土曜日、会ってた?」
びっと指を刺して言う主任に、先輩はぎょっと身体を離して後ろのボトルが並んでいる棚にもたれかかった。
「え、や、・・・あ」
「・・・会ってたんでしょ?」
先輩の反応が図星と物語っていたのは明白、主任は指した指を下ろさないでじっと見続けた。 僕はというと、全然話が見えなくてただ交互に二人の様子を見てた。
「・・・・・いや会ってたんじゃなくて」
ふぅ、っと息を吐いて言葉を繋げた。
「ここにずっと居たんですよ」
先輩は両手を挙げてまるで『降参』とでも言うようなポーズをとった。
すると、ふぅん、と主任はなんだかすごく納得した顔をして頷いて、「そうだったのね」と言って一口分残っていたカクテルを一気に飲み干した。もう聞きたい事は終わった、そういうオーラが出ていた。
でも先輩は、それまで言いたくて言いいたくて仕方が無かった、というような顔をして
「えっと、アンタは知ってるわけ?」
さぐるように、訊いた。
「なにを?」
「なんで荒木さんがここに居たかってのを」
「・・・知らないわよ」
「わ、じゃあ拙いじゃん」
「なにが」
「え、だってさ」
足元に目を落として何か考えていた先輩は、大股でフロアに出てくると僕の顔と涼子さんの顔をチラリと見てから主任の腕をぐっと掴んで引っ張った。
「話がある」
「ちょっとっ」
「ワルイ、この人ちょっと借りるな」
「なによ、その借りるってのはっ」
「いや、ちょっと」
「先輩っ」
そこで歩き出した足を止めて、先輩は僕の方にむかって片手を挙げて「ごめん」と言った。
歩いていったのは奥のVIPで、そこまでいくと主任がブンッと腕を振って先輩を突き放すのが見えた。
・・・・・なんだよ、もう。
いったい何が起こったのかさっぱりわからない僕は、先輩が持ってきてくれたウーロン茶をぐいっと一口で飲んでしまった。