26 ピンクのストロベリー・マティーニ
「・・・え?」
「だってほら、あなた達ってバランス悪いじゃない」
クスン、と笑って後を覗くようにして身を乗り出した。私の後ろでは日浦がここの店長で渦中の人、上原圭一となにやらこそこそと話をしていた。
もう、なにやってるのよ日浦っ
ぐっと腕を伸ばして日浦の左手を掴んだ。え?っと驚いたような表情は無視して、くたんと肩に頭を乗せてから川島涼子には「バランス、ですか?」と言い返した。
「えっと・・・章吾、私たちバランス悪いって」
おかしなこと言うのよぉ、と笑いかけると、ぎょっとしたような顔になって「あの・・えっと」と口ごもってしまう。うーん、そういう顔も可愛いんだけれど、今は可愛いっていうよりもビシッと決めてもらわないと格好がつかないじゃないのっと組んだ腕の内側をぎゅっと抓った。
「わっ」
慌てたように見返す顔に、『ホントにもう』と言いたげな顔でちょっとだけ口を尖らせる。二人の仲をはっきり言ってくれなくって、思わず拗ねてみました、だなんていう感じに見えればいいなぁ、と微妙な計算が入っているのをこの日浦がわかってくれればいいんだけれど。
と、心配したとおり日浦はそこらへん全然ピンと来ないで、
「主任、いったいなんですか」
と普段どおりのですます調で、組んだ腕を見ながら訊いてくる。
あのね、彼女だって言うんじゃなかったっけ。
ジロン、と見上げると「あれ?」ってな感じで困っている、この頼りなさがいいって言えばいいんだろうけれど、でも私の好きな日浦はこういう日浦じゃない。そうよ、ダメ男の日浦が好きなわけじゃないんだから。
うん、もう、何とか言いなさいよ。
もう少しでそう言い出しそうになって、日浦の顔に真っ直ぐ見返した。
どれほどの間そうしていただろう、コホン、と取ってつけたような咳払いが後ろから聞こえてきて、振り返ると日浦の先輩の上原がトレイを持ってそこに立っていた。
「まぁまぁ、とにかく席にどうぞ」
ニコッ、と笑われてすっとカウンターの席に案内される。なんだかその仕草がスマートで、ちょっとだけ「どきん」としてしまった。昔からもてていてね、と言う川島涼子の言葉をふと思い出して、この雰囲気ならそれもわかるわ、と思わず納得してしまう。
だからって、日浦との仲をあらぬ方向で勘ぐると言うのはどうにも解せないんだけれど。
そう思いつつ成り行き上川島の隣の席に着いた私の前に、淡いピンクのカクテルが差し出された。
「どうぞ」
「・・・まぁ、綺麗」
「ありがとうございます」
脚の長いカクテルグラスの中には、なんともいえない綺麗な色がゆらゆらと揺れていた。日浦には普通のショットグラスに黄金色の液体が入っていて、それがなんなのか想像つかなくて上原に訊ねようとすると、
「先輩これまた?」
「うん、いや・・・今日のはフツー」
「マジ?」
「マジマジ、そう警戒するなって」
「だって」
・・・・・おいっと言ってやりたいくらいなベタベタな会話を日浦と二人でやっていた。
「ほら、あっちの方がお似合いじゃない」
ぎょっとして隣を見ると、面白そうなものを見る顔つきで川島涼子がブルーのカクテルの入ったグラスを持ち上げた。
「あのですねぇ」
き、っと目線を向けると「まぁコワイわぁ」とかなんとか、全然悪気のない様子でクスクスと笑っている。
あんたらいったいどういう親子なんだ。
日浦から聞いて知ってはいるものの、こうしてみると本当にこの上原圭一と川島涼子はどこかのセレブとその若い愛人にしか見えないんだけれど。ムッとしながらカクテルグラスを手にとって、やけくそ混じりにグイッと空けるとそれは見た目以上に柔らかくてやさしい味がした。
「おいしい・・・」
「あ、そうですか。よかった」
漏らした声を聞き取って、上原が私と川島の間に割り入ってきた。
「ストロベリー・マティーニです、それ。イチゴは生の使ったんですよ」
にこにこと愛想のいい顔で、上原は言う。
「なんかすいません、涼子さん悪気はないと思うんだけれど、こうと思ったらもう思い込みが激しいって言うか」
「あら、ちがうわっ」
「ちがわねぇだろ、もう、全部涼子さんの所為だろうが」
訳わかんないことでっち上げて話をややこしくするんじゃねーっての、と言ってちょっとおどけた調子で「めっ」と言うと、川島涼子はこころなしかしゅんとした様だった。
「そうじゃなくてもこの章吾がアンタを連れて来たってんで、俺は驚いてるんだけれどさ」
ハハハ、と笑って言うのがなんとなく引っかかって、「?」と思っていると笑い顔のまま言葉を続けた。
「だってコイツ、昨日憧れの上司が男と抱き合ってたってんで俺のところに泣き付きにきたんですよ」
「え」
「わぁっ先輩っっ」
慌てた日浦がブッと噴出してバタバタと椅子から飛び降りてきたけれど、そんなことよりも今の話をちゃんと聞かせて、と構えて上原圭一に向きあう。
そうよ、なにその『憧れの上司』って。
ぜひそのお話をお聞きしたいわ、そういうと、上原は一瞬神妙な顔になって訊いてきた。
「梶原さんだっけ、アンタさ、デザイナーの荒木さんとはどういう知り合い?」
祐志?
何で今ここでそんなことを。
そう訝しく思って見返すと、視界の端にものすごく心配そうな日浦の顔が映った。