23 売り言葉に買い言葉?
「ちょっと待ってください」
僕が乗り出すようにして言うと、「まぁ」と涼子さんは掴んでいた手を離した。
「ごめんなさい、昼間から私ったら」
でも、本当にあなた達のこと邪魔する気はないのよ。
そう重ねて言われてなんだかもの凄くぐったりした。あの、なんで僕が先輩とそういう仲だと思うんですか?ていうかさ、男同士だし、別に友達の家に1週間や2週間転がり込む事だってあるじゃないですか。それにお聞きした様子だと先輩って結構自由にさせてもらってるみたいだし、たった1ヶ月やそこら僕と一緒に居るからってなんだってそう短絡的にそういう仲だって決め付けるんですか。
と言いたいのに、実際に出た言葉は、
「・・・・・そんなんじゃないです」
たったそれだけだった。
「あら、違うって言うの?」
「そうですよ」
「嘘、ごまかそうとしてもダメよ」
クスクス、っと笑うと今度はなぜか嬉しそうに両手を合わせるときゅっと身体をくねらせた。
「大丈夫、心配しないで。私はあなた達を応援してあげるわ。ああ、なんて切ないのかしら、人目を忍ぶ恋、この世で信じられるのはお互いだけ」
愛だわぁ。
うふん、と瞬きするのを呆然と見つめた。
なんだこれは。
なんか、とてつもなく話がおかしくなっているんじゃないだろうか。
涼子さんのこの感覚、おかしいって絶対。
「あの、話を聞いてください」
「お聞きしてるわ」
「じゃなくてですね、僕の話をちゃんと聞いてくださいって」
ちょっと強気に出た所為かもしれない。涼子さんは「え?」と小首を傾げると、
「なにかしら」
と言って椅子に座りなおした。
「僕は先輩とお付き合いとかしてません」
「・・・あら」
「本当にただの先輩と後輩ってだけです」
ほかにどんな関係があるって言うんだよと言うと、言ってる自分がなんだか情けなくなった。どうせなら、主任との仲を疑われて荒木氏か取締役に殴られてる方がいくらだってマシってもので。
それだったらいっそのこと、本当にしてしまったっていいんだ。それならいくら殴られたって、本望なんだから。
・・・・・でもなぁ。
そんなことなんか百万年経ったってありえないって、すぐに思ってしまって余計に情けなさが募る。
「なら、証明して頂戴」
「・・・はぁ?」
思わず主任が今ここに居たら、と頭に描いた状況をなぞるように、涼子さんがつんと顔を上げて言い放った。
「あなたが圭一と付き合ってないって、証明して頂戴」
「あの・・・」
「他にお付き合いしてる人がいるって言うの?圭一のほかに誰かいるって言うの?」
さっきまでの乙女チックな様相はどこへ行ってしまったのか、グイと腕を組んで脚を振り上げて組みかえると、涼子さんは長い睫毛をバサリと閃かせて僕を見下ろした。
「さぁ」
う、っと詰まった僕は思わず「いますよっ」と返してしまった。
「ちゃんと、すんごい美人の彼女がいますっ」
売り言葉に買い言葉、とはいえなんでこうなっちゃうんだよ、と内心ワタワタしているところに、
「そう、じゃあ今夜連れてらっしゃい」
絶対命令、そんな口調で涼子さんは言った。
あああ、もう後には引けなくなってしまった。