20 パスタなカミングアウト
「えっ」
ていうか、は?
「あ、でも大丈夫、心配しないで。私は何も二人のことを邪魔しようとか思わないから」
フルフル、と目の前で手を振って、涼子さんはフォークをぎゅっと握りなおした。
「ホント、誤解しないでね。私はただ本当のことを知りたいだけなの、圭一が誰を好きなのか、知っておきたいだけ」
うん、そうなの、と一人で頷いて、慌てたようにパスタをフォークに巻きつけている。 緩やかにたわむ巻き毛が俯いた顔の脇で揺れてる。
「あの・・・」
「ええと、だってやっぱり気になるじゃない?突然家を出て行くって言って、そうして一緒に暮らし始めたのが若い女の子だとばっかり思っていたのに大学の時の後輩だって言うし、どうせすぐに帰ってくるだろうと思っていたのにもう1ヶ月よ・・・本気なのかしらと思ったらどうしても知りたくなったの」
ぐるぐるぐる、と巻きつけられ続けるパスタはもう一口では入る状況じゃなくなってきてて、それでもまだ涼子さんは手を休めようとしなかった。
「昔からね、もてる子だったのよ。ウチに連れてきた女の子は一人や二人じゃないわ。でもみんな2、3回付き合ったら別れちゃって、なかなか本命って言うのが現れなくて」
あれ、とここで思ったけれど口を挟むヒマもなく話が続けられる。
「でも、男の子だなんて・・・・・ああ、ごめんなさい。私あの子には本当に寂しい思いもさせてきたし苦労ばっかりかけてきたから、あの子が選んだ人なら男だ女だってそんなことにこだわるつもりはないのよ。自分だって好き勝手やってきたんだもの、あの子が人を好きになるってことに私が文句を言える立場じゃないのはわかってるの」
「川島さん」
何か言わないと、と思っても聞く気がないのかするんと僕の声は無視された。
「日浦さんって、お逢いしてみたらずいぶんしっかりしてらっしゃるんだもの、きっとあの子のほうから一方的に迫ったんでしょう?あの子も悪い子じゃないのよ、ただ今までのお付き合いがずいぶんといい加減だったものだからあなたに対しても強引なんじゃないかしらって、そう思ってたの。でも昨日の様子を見ていたらなんだかしっくりと落ち着いているようで、ちょっと安心しちゃったのよ、私」
ふっと笑った口元が、僕が思っているよりももっと年上の女性の顔になって見えた。
ぐるぐる巻きになってもうパスタを1本も巻きつけられなくなったフォークをじいっと見つめて手を離すと、今度はグラスの水をごくんと一口飲んで僕の方に顔を向けてきた。
「でもね」
トン、と音を立てて置いたグラスの中で氷が跳ねた。
「あなたにだってご両親がいらっしゃるでしょう?こんな普通じゃないお付き合いを許してくださるのかしら。それを思うと私、どうしようって、もう居ても立ってもいられなくなっちゃって」
「・・・ええと」
あの、何か根本的に話がすれ違ってるような気がするんですが。
どうも変だな、と今言われたことを繰り返してみて、なんかむちゃくちゃな誤解をされてるって言うのがわかってぞぞっと背中に寒気が走った。
普通じゃないお付き合いって、ええと僕と先輩が?
ていうか普通じゃないお付き合いって何?
じゃなくって涼子さんが先輩の恋人でしょう?
と、いろんなものが頭をいっぺんに駆け巡ってしまって。
ちょっと待ってよ。
僕がそれを言おうとして身を乗り出したところに、何を勘違いしたのかがばっと僕の手を握って涼子さんが言った。
「私だって親だもの、子供の幸せを一番に考えるわ」
「えぇっ」
親って、親って誰が誰の?
「息子の圭一が選んだあなたのご両親には、私からもご挨拶に行かなくちゃと思ってるのよ」
選んだって・・・・・選んだって誰が誰を!?
「ちょっとまってくださいっ」
明るい日差しの差し込むお洒落なイタリアンレストランの、眺めの見事な窓際の席で、僕はこのとんでもない誤解を解くために必死になって声をあげた。
それが、僕がここに居るって事を知らせることになっただなんて、その時は全然全く、知りもしなかった。