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17 ブルー・マルガリータ

「涼子さん、来るんなら連絡くれればいいのに」

 すっとオーナーと呼ばれた女の人に近寄った先輩が、その耳元に話しかけるのが聞こえた。オーナーって言うと、と思いだしているところに先輩が戻ってきて、僕にその女の人を紹介した。

「もう知ってるよな、こちらが川島涼子、さん」

 そうしてすぐに振り返るとその人の腰に手を回し、抱き寄せて言う。

「今世話になってる大学の時の後輩の日浦」

 まるで内緒ごとを言うように小さな声で僕を紹介した先輩は、後ろの取り巻きの女の子達が盛大にため息をついているのを綺麗に無視してにっこりと笑った。

 その代わりとでも言うように、川島涼子さんは身体半分振り返るとカウンターの女の子達に華やかな笑顔を返した。

 僕は今目の前で起こったことがまるで1枚の絵のようにあんまりにもピッタリとハマっているのに驚いて、身動きもしないで二人のことを見ていた。

「世話になってる、じゃないわよ」

 つん、と横を向くと涼子さんはするりと先輩の腕の中からすり抜け、僕の傍に来て手にした小振りのバッグの中から1枚、小さなカードを取り出した。

「はじめまして、川島涼子です。圭一がお世話になっております」

 バサッと音がするほど長い睫毛を伏せて、涼子さんは軽く頭を下げた。 そうしてすっと差し出されたその薄いピンクのカードには、極々シンプルに名前と携帯電話の番号が書かれていただけだった。

「あ、あの、日浦といいます」

 慌てた僕はポケットを探り、胸の内ポケットからやっとのことで名刺入れを取り出すと、社名が斜めにデザインされている『企画デザイン事業部・企画課』と書かれた自分の名刺を差し出した。

「あら、ラウドネスって圭一の好きなブランドじゃない?」

 鮮やかな赤いマニキュアに縁取られた細い指が、何の変哲のないただの白い名刺をはさんで先輩の顔をチラリと見た。

 一つ一つの仕草がどうにも『色っぽい』としか言いようのないこの女性を前にして、先輩は照れたような顔になって「ああ」と応えた。

「前に一揃え買ってあげたことがあったわ、そういえばあのジャケット、よく着てたわよね」

「色が気に入ってたからな、今年はまた違うのがいいけど」

「まぁ早速おねだり?いいわ考えといたげる」

 クスッと涼子さんが笑ったのを合図というように、先輩はテーブルを離れるとカウンターに戻って何かをシェイカーに入れ始めた。先輩が動いた所為でそれまでこっちをじっと伺っていたような女の子たちがまたきゃあきゃあと話をし始める。でもさっきまでの店内と変わらないのに、なんだかここだけ空気が違うんですけど・・・・・。

 僕がそぉっと先輩の方を見やると、いつの間にか伸びてきた赤いマニキュアの指先にテーブルの上に投げ出していた手をとられた。

「・・・えっ」

「日浦さん、でしたわね」

「はい」

「圭一とは大学から一緒って聞いているわ」

「・・・はい、そうですけど」

 スルン、と撫でられた手の甲から、なんだかぞわっと鳥肌が立った。

「ずいぶん前から仲良くしてくださってるのね、知らなかったわ」

「いえ、あのそう前からって訳じゃ」

「でもあの子の面倒を見てくれてるんでしょう」

「面倒って・・・ええと」

 ねっとりと響いてくる声は容赦がなくて、しっかりと握られた手は引っ張ろうにもびくともしなくて、本能的に危機感を感じた僕は思わず、

「先輩っ」

 と声を上げた。



「なんだ」

 すぐ上からあっさりと返事がして、涼子さんの左側から「どうぞ」とカクテルグラスがテーブルに置かれた。

「あんまり日浦をいじめないでくれって」

「あら、誰がいじめてるのかしら」

「あ、いえそんな」

「ていうか、お前も辛抱しすぎ。相手にするなよこんなの」

「まぁなんて言い方かしら」

「別に虐められてなんか」

「そうよ」

 いいながら手で掲げたのはスノースタイルのグラスにブルーの色が鮮やかなカクテルで、コクンと一口飲んだ涼子さんが嬉しそうな顔をして先輩を見上げた。

「やっぱり圭一の作ったのが一番美味しい」

「そりゃどうも」

「今度はテキーラをラムに変えてよ」

「XYZ?結構きついけど」

「そのときはホワイトキュラソーでアイスをクラッシュにして、で、そうだ、ライムの量を多めにしてすっきりさせるといいわね」

 うまく出来たらメニューに載せてもいいわよ、とさすが経営者らしく「これはいい」と思ったことには行動力が速いというところを見せ付けられた。

 なんだかこういう人が僕の周りって多いよな。

 ふぅ、とため息をついていると涼子さんが僕のグラスにカチンとグラスを合わせてきて、囁いた。

「今度お昼でもご一緒しない?お電話差し上げるわね」

 え、っと顔を上げるとカクテルを飲み干した涼子さんが、僕の返事なんか待っていないで軽く手を振って行ってしまった後だった。


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