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16 ウーロン茶の告白

「何だ元気ないな」


 辺りが人の話し声でざわざわとしている中、「はいよ」と目の前にウーロン茶の入ったグラスをトンと置かれた。

 ここは六本木のスタンディングバー『ANAGURA』。先輩が店長をやってる店で、今日も先輩を目当てにやってきてる女の子でカウンターの周りはぎゅうぎゅう詰めになってる。店に入って見つかったとたん、先輩に手招きされたけれどそんな中に入っていったらその女の子たちからどんな顔されるかわかったもんじゃないから、ちょっと離れたテーブルについてホールを担当してる睦巳くんに「ウーロン茶お願い」と頼んで後はボーっとしていた。

 店内には奥の方にVIPルームって呼んでるボックス席が一つあるだけで、あとは全部背の高いテーブルがにょきにょき立ってて、ここは本当に「スタンディングバー」なんだけれど、お客さんはほんの一時飲んで帰るというよりも店にいるお気に入りの男の子を眺めに来てるって言ったほうがいいくらい女性客が多くて、しかもそれに充分応えられるくらいスタッフは皆格好が良かった。

 先輩はその筆頭で、カウンターの中でシェイカーを振っているとホント僕の部屋でうだうだと寝転がってる姿がウソみたいにかっこいいと思えてくる。

 そんな先輩が自ら僕にウーロン茶なんて運んだものだから、カウンターの女の子たちは一斉に僕の方を見て、なんだか不満そうな顔をし始めた。

「なんでもないですよ」

「うそぉ、お前がわざわざここに来るなんてあんまりないじゃん」

 だからさ、なんかあったんじゃないかって。

 言いながら、くしゃりと頭を撫で付けた。

 猫っ毛な僕の髪はすぐにぐしゃぐしゃになるからあんまり触られたくないんだけれど、むっとした顔で先輩を見上げたら視線の端の方で女の子たちが今度はなにやらヒソヒソクスクスと笑いながら話し出したのが見えた。

「先輩の取り巻きサンたちに恨まれるからやめてくださいって」

「んなの気にするなよ」

 なっ、と肩に腕を回してちょっとだけぐっと抱き寄せられたら、「きゃー」と小さな悲鳴が上がった。

「・・・なに?」

「なんでもないなんでもない・・・それよかやっぱなんかあっただろ?」

「うん・・・」

 あったことはあった。だから独りで部屋に帰るってのがなんだか嫌になって、で先輩のところに来たってのは確かなんだけれど。

 どうやって話したらいいのかわかんないや。

 話の続きをいう前に、氷がくるんと廻ったグラスを持ち上げて一口飲んだ。

「あ」

「うん?」

 悪戯っぽくクスリと笑った顔にむっとして応えた。

「これウーロンハイじゃないですか」

「いいじゃんたまには」

「だって僕お酒苦手だって」

「だからたまにはって」

 下から覗き込んでクスクスと笑うのにつられて、なんだか笑ってしまって強ばってた気持ちが解けてきた。あ、こういうのなんだ、先輩が女性に人気の理由。傍にいてくれる安心感って言うの?それがただ顔がいいってだけじゃないんだって、今わかった気がした。

手にしたグラスからもう一口飲んで、僕の傍から離れようとしない先輩に「実は」と話し出した。


「梶原主任なんですけど」

「ん?ああ、こないだお泊りしてきた美人上司な」

「・・・ええ、で主任は恋人がいるって言ってたじゃないですか」

「あー、会社のおエライさんだっけ」

 うんうんと頷きながら先輩は先を促した。

「なんですけど、どうも違ったみたいで」

「ああ?まだ他にいたのか」

「ええ・・・・・ていうかちょっと」

「で、ナニ、お前は落ち込んでるっての?」

「・・・ええと」

 そうなんです、と言ってしまうのはなんだか気恥ずかしかった。好きと自覚したとたんに失恋するなんて、やっぱり僕には手に入るわけのない高嶺の花だったと決め付けられたようで、ぐっと来ちゃって。

 口ごもった僕の肩をポンポンと叩くと、まぁもう一口飲めって、と言って先輩は僕に訊いてきた。

「で、知ってるヤツだったのか?」

「え」

「だからさ、その美人上司の相手、知ってるヤツだったのかって」

「・・・はい、あの」

 もう一口、コクンと飲み込んでから僕は言った。

「春物のコレクションのカタログをお願いしているデザイン事務所の人で、荒木さんって言うんです。『KISARAGI DESIGN』ってところのデザイナーで」

 僕は自分の思いを吹っ切るように、きっぱりとした口調で言った。そうしたら、

「・・・うそだろ」

「え?」

「それって間違いじゃねーの?」

 驚いたような顔をした先輩が目の前に居た。

「先輩・・・もしかして」

 荒木さんのこと知ってるんですか、そう訊こうとしたのは傍を通ったスタッフの声に遮られた。


「オーナー、いらっしゃいませ」

 僕がその声に気付いて振り返ると、そこにはロングの髪をゆったりとしたウェイヴにして肩に垂らしている、むちゃくちゃスタイルのいい女の人が立っていた。

 コツコツ、と小気味のいい音が近寄ってくると、その女性は僕の顔を見据えて言った。


「圭一、この人なの?」


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