14 梶原理沙子のユウウツ<4>
「理紗子、春物は少し色が入るって言ってたよな」
中にいる間は一言も喋らなかったのに、エレベーターが4階について足を踏み出したとたんに祐志は私に聞いてきた。
「ええ、アースカラーがベースだけれど、そこに赤やピンクを入れて効かせ色にするっていうのが春のコンセプトで」
そうよね、と和孝に確認しようと振り返って、まだしょげた表情をしているその顔に「まったく」とため息をつきたくなった。
和孝は私の左側、歩幅が大きいのでついていくのがやっとなのに祐志はそれにお構いなしでゆったりと歩く。その間に挟まって、私はどっちつかずでエントランスホールから会議室までの廊下を歩いた。
さっきの二人の会話、なにか私の知らないことがこの二人の間にあるのは明白で、それも土曜日に起こったことらしいのは流れでなんとなくわかった。和孝が何かやらかして祐志がへそを曲げた、だなんてことは日常茶飯事で、それならこうまでこじれることはないだろう。
そう思うとどうにも不思議で仕方がない。
祐志だって成城の家に行ってたとなると、本気で探してもらいたくなかったわけだ。
私だって思いつきもしなかったんだから。
そんなことを考えながら角を曲がって、企画室が斜め前に見えるところに行き着いて、ふ、っと顔を上げると日浦の姿が正面にあった。
しかもその手はいつも日浦に付きまとってる新沢って言う子の腰を抱いてて。
「・・・えっ」
「日浦じゃないか」
「・・・あれが日浦?」
祐志の声が少し遅れて聞こえた。
はっとして立ち止まると、日浦に覆いかぶさっていた彼女はぐんと前に乗り出して、日浦に顔を近づけていくのが見えた。
その瞬間。
仕事中でしょ、とか。
昼間っから、とか。
そんなことじゃなくて、相手はなんで私じゃないんだろうと思うとそう思ったことに戸惑って、そこから先に進めなかった。
「先に行ってる」
私の周りの空気が、その一言で解けた。
「祐志」
軽く片手を上げて行ってしまった後を追って行こうとすると、和孝は反対に企画室の方へずんずんと歩いていった。
どうしよう。
どうしよう。
迷ったのはほんの一瞬。
和孝が企画室のガラスの扉を開けてしまったとき、私はくるりと振り返って祐志の後を追った。