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12 戸惑いのモーニングコーヒー

 週が開けた月曜日、僕はイマイチ落ち着かない気分で自分のデスクに座っていた。

『で、本当のところはどうなんだよ』

 と訊いてきた先輩には『主任には恋人がいる』だなんて言ったけれど、自分の口から出た言葉の意味を思い返して、朝からじわじわと焦りにも似た『何か』がこみ上げてきていた。それはあの日主任の部屋からの帰り際に見た『何か』に近いようで、でもそれを探ろうとするとするりと逃げてしまって、自分自身でもどうしてだかわからなくて、それで落ち着かなかった。



「おはよ」

 はい、モーニングコーヒー。

 と言って美奈ちゃんが持ってきてくれたのはオフィス仕様のプラスチックカップだったけれど、そこから立ち上る柔らかい湯気に救われたように一口こくりと啜った。その隣で、自分のデスクに戻ろうとしないで美奈ちゃんは窓越しにエレベーターホールのほうを気にしていた。

「今日は荒木さんが来るって。来春のカタログの話かしらね」

「へぇ・・・もうそんな時期になったっけ」

 カレンダーはまだ10月、でも来春2月に春物のコレクションを発表するとなると、もうこの時期からカタログだデザインだと動かないと到底間に合わない。コレクションのデザイン自体は出来上がっているけれど、一般販売向けにどういった布地にするだとか、柄はどうするだとか、コストを踏まえたうえで詰めていかなければならない部分はまだまだある。1年のうちでもコレクション発表という大きな仕事は、僕たち企画室が手がけるのではなくて、デザイン事務所にお願いしてポスターやカタログをトータルで作り上げていく。今回それを任せているのが、今名前の出てきた荒木氏がトップを務める『KISARAGI DESIGN』だった。何でもコピーライター出身の荒木氏は、ここの会社の社名『ラウドネス』の命名者だって聞いたことがある。

「そういえばね、荒木さんってウチの取締役と大学時代、先輩後輩の仲だったんだって」

「・・・へぇ」

 あんまりにも上の空な返事だったんだろうか、美奈ちゃんはちょっと訝しげに「どうしたのよ」と、僕の顔を覗き込んできた。

 ちょうどその時、全面ガラス張りの扉の向こうに梶原主任と中山取締役、そのまた向こうに荒木氏が並んで歩いてくるのが見えた。不意に顔を上げた主任と僕はばっちり目が合ってしまって、でも扉に背中を向けている美奈ちゃんはそんなことに気がつかないで尚更僕の方に身を乗り出してきた。

「なぁに、まだ二日酔い?」

 からかうように言ってクスリと笑うと、それとも風邪でも引いたの?この間は夜遅くまで飲んでたもんねぇ、と今度はさも心配げに額に手を伸ばしてきた。わっ、と思ったときには主任は戸惑ったようにして目を逸らすし、隣の取締役にはむっちゃくちゃ怖い顔で睨まれるし、そうして荒木氏はその一部始終を見終わってから、梶原主任になにやら声を掛けると、こっちに来るはずだったその角を曲がらずに真っ直ぐラウンジの方へ行ってしまった。

 視界から荒木氏が見えなくなってからその後を追いかけるようにして梶原主任が僕の目の前から消え、取締役はまだ怖い顔をしてる・・・・・。



「美奈ちゃん・・・」

「え?」

「取締役が来るよ」

「えぇっ」

 ぴょんと弾かれたように飛び上がると、「わぁ」と小さく言いながら美奈ちゃんは自分の席に戻ってしまった。僕はと言うと、え、っともあっ、とも言わないうちにつかつかとやってきた中山取締役に目の前に立たれて、

「日浦君、遊び半分でいられちゃ困るんだよ」

 普段の王子様風のまったりしたキャラクターがすっかり引っ込んだ、厳しい口調で一喝された。

「あ・・・すいません」

 慌てて立ち上がりペコリと頭を下げると、しばらくじぃっと上から下までまるで品定めをするように見られて、そうしてなぜか「はぁ」と溜め息をつかれた。

 背が高くてきりっとしたイタリアンテイストのスーツがよく似合う、誰が見ても『上質の男』。僕はこの取締役に『仕事』を買われてこの企画室にやってきた。

 仕事に対しての閃きは会社では誰もかなわなくて、これはと思ったことには思い切りがよくて、しかもなにをやっても上手く行く、そりゃ主任だって好きになるよな。

 そこまで考えて、僕はドキッとした。

 その中山取締役は、もしかしたら土曜日の夜のことを知って・・・・・って。

 ヤバイじゃん、いくら疚しいことがないからって、絶対ヤバイじゃんっ

「あ、あのっ取締役っ」

「春物のラフ、上がってたっけ」

 取締役は美奈ちゃんに向かって声をかけると、「これです」と差し出されたファイルをチラリと見てから僕に渡した。

「荒木くんがラウンジに居るから、これ渡してきて」

 えっ、と見上げる僕は、威圧感バリバリの腕組みした格好で見下ろされた。


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