異世界で朝を迎えました
コン、コン。
窓から日が射す一室のドアが控えめに叩かれる。
「起きているかい? 朝食が出来たからいつでも下においで」
ドアの外からそう聞こえ、去って行った。
「う、うぅん……。……ん?」
楽兎は今のを聞いて目を覚ました。
そして目をあける。
目の前になぜかランの顔がある。
その寝顔はいつものように睨んでいるのではなく、とても優しく閉じた目に、柔らかそうな頬で、唇を少し開けて「すぅすぅ」と寝息を立てている。
楽兎はまるで何か金縛りにでもあったかのようにランの寝顔に魅入ってしまった。
(ら、ランって……こうしてみるとやっぱりかなり美人……って言うか、今はむしろ守ってあげたいって思える美少女に見える。可愛い……)
普段は軍人であるランも、寝顔と言う物はとてもかわいい物だと楽兎はしばらく動かずにずーっと見ていた。
(も、もしかしてこれはキスをしてもいいと神様からの贈り物か!? こ、こんな美味しいシチュレーション。きっと二度と来ないだろ……)
楽兎は決意する。
(よし。やるぞ。俺はやるぞ!)
少しずつ近づく。
そうしていくと可愛らしいその美少女の顔がだんだんと近づいてきて、その唇へと視線が集中する。
(後……少し……)
次第に、次第に近づいてきて……とうとう、ランの唇と、楽兎の唇が重なるその瞬間――。
「ラクトよ。何をしておるのだ? 起きぬのか?」
「うぉあ!?」
ガバッと跳ね起きた楽兎は声が聞こえた方、つまりはアルセイムが居るであろう方向へと振り向いた。
アルセイムは楽兎が起きているにも関わらずずっと動かないのを見て声を掛けただけだが、楽兎の心の中でまさか今のをずっと見られていたのかと言う事を考えて言い訳をベラベラと話した。
「こ、このキスはだな! 朝の基本の挨拶というもので!」
「朝の挨拶じゃと? そうなのか? ならば我ともせい」
「ぶはっ!」
アルセイムが楽兎の隣へと座ってきた。
身長はもちろんアルセイムの方が下なのでアルセイムは楽兎を見上げるようにして、唇を差し出してきた。
その天才とも言うべき滑らかな動きに驚きながらも楽兎はこのままではまずいと考えてすぐさま訂正する事にした。
「じ、冗談だよ! 冗談!! 眠たかったから!! 眠たかったから二度寝なる物をしようと思い……」
「む? 冗談とな? なるほど。二度寝か。じゃが、朝食が出来ておる様だぞ?」
どうやら何も疑っていないとわかった楽兎は安堵の息を吐くと、ゆっくりとベッドの隅に足をおろして座った。
(って、今訂正しなかったら本当にしてくれていたのか……? ま、マジで……? なんで俺は訂正しちまったんだぁああ!!)
楽兎は今、ものすごく惜しい事をしたと頭を両手で抱えて心の中で叫んだ。その様子にアルセイムは首を傾げていた。
それからだいぶ落ち着いてきた頃、ようやく楽兎は本題に入った。
「そう言えば、どうしてランが俺と一緒のベッドに寝ているんだ?」
「なんじゃ? 我も同じベッドで寝たぞ?」
「な、ナヌゥ!?」
「落ち着けラクト。言葉がなまっておる」
落ち着いていられるわけがない。一緒のベッドで寝ていた。それはつまりドラゴンでありながら少女なアルセイムも同じ布団の中に居たと言う事だ。
「ど、どういうことか詳しく聞かせろ」
「な、何やら真剣な顔じゃな……」
それからアルセイムに訊いた話だと、昨日の夜。ランとアルセイムが風呂へと言っている間、楽兎はいつの間にか寝入ってしまい、戻って来たベッドでぐっすりと寝ている楽兎を見て二人は仕方が無いと思って起こさなかったそうだ。
ベッドは一つしかなかった。そのために中央で寝ている楽兎を挟んで、ランとアルセイムはそれぞれ寝たのだと。
(ありがとう昨日の俺……! だけど……だけど……ッ!!)
「な、何故そんな美味しいシーンで俺は起きなかったんだ!!」
「おいしい? シーンと言うのは食べられるのか?」
「い、いや! 例えだよ例え!!」
「む?」
正確には比喩表現である。
それにしても、いまだ起きないラン。
楽兎が何度か悲鳴のような声を荒上げたと言うのに、安らかな寝息を立ててぐっすりと寝ている。
(相当疲れてたんだろうな。それだけじゃない。自分が守るはずだった村を焼き払われ、守るはずだった人を殺されて……)
楽兎は村の事を思い出す。
村を離れていたその隙にやられたのだ。本来なら守るべくものだったのに。
なのに、ランは感情的にならず常に冷静に状況を判断していた。辛いはずなのに。
「ん……」
そうしていると、ランが声を漏らして目をあけた。
「よぅ。起きたか」
「んん……」
ゆっくりと起き上がる。目がまだ半目なので、意識は完全には覚醒していないのだろう。
そのために楽兎は衝撃的な物を見てしまった。
「ぶほぉ!?」
瞬時に鼻を押さえる楽兎。その手の隙間からは赤い液体が見えている。
「?」
その様子にランはクエスチョンマークを浮かばせる。
ランはそれからボーとして動かない。
楽兎はその様子を一秒も逃さないように凝視した。
「ラク……ト……? どうしたんだ? 私の顔に何か付いてるか……?」
「いや! 何もついていない! 何もついていないからしばらくそのままでいてくれ!」
「は? 貴様は何を言っている……?」
少しずつ意識が回復してきたランは、ついにその楽兎の視線に気がついた。
その視線は決して目を見ていない。
ではどこか?
目では無い、もっと下……。
――主に胸の部分を……。
ランの意識が新明になってくる。
朝。
楽兎がガン見。
寝起きのため、ずれた服ではだけている。
……つまり胸の部分が少しはみ出て……。
「死ねぇ!!」
「ぐふぉ!?」
顔面を真っ赤にさせたランの迅速な蹴りがさく裂。
楽兎の頭がサッカーボールの如く蹴られてベッドの下へと飛んでいった。
「な……ナイス……純白……。だけど……寝るときぐらい……ハズして……欲しかった……ぜ……」
「ラクト!? しっかりせい!! ラクト!! ラクトぉぉおおお!!」
真っ赤な液体が、部屋の中に散った瞬間だった。
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