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ランナー  作者: 御伽草子
4/4

第四走 初めてのバイト

委員会活動で普段一緒に帰る面子がいなくなってしまった伊田天馬。

一人孤独に帰る途中、彼に声をかける者がいた。

※軽めのBL表現注意

「そういえばさぁ」

 一昨日は時間がないと説明を省かれてしまった件。

なぜ竹中君は犯人の当走路が予測できたのだろう。

手短な話題としてふってみる事とする。

「あぁ、それはねー」

 犯人の足元にヒントがあったそうだ。靴とズボンの染み。

あれは一週間程前に、二日間関東を襲った豪雨の傷跡、つまり水溜まりのモノだと推理したらしい。

駅周辺は土地が高い位置にあり、水はけが良いようだ。

K町方面に向かって下り坂が続いている為、K町方面は水溜まりが残りやすい。

犯人の足部にある染みからK町方面に住んでいると推察したらしい。

駅に向かって逃げ去り、K町方面に逃げるとなると、商店街を抜けてすぐに迂回し、

線路沿いに走る。しかし線路沿いを走り続けると袋小路に突き当たる為、

また迂回せねばならない。人目を避けたい犯人の心理からみて、

線路沿いというのはすぐにも離れたいはずである。

故に最初の道を右に曲がると読んだそうだ。

その道を真っ直ぐ行けば、僕と犯人が接触したポイントになるそうだ。

 あの一瞬で足元の染みに気づくとは、抜け目がない。

 あくまで予測の域を出ず、確実性は一切ないと謙虚に言っていたけれど、

打算的な影を感じるのは気の迷いなのか。

 朝のHRの時間が来たようだ。

 僕自身が遅刻寸前の登校なので、あまり時間に余裕がなかったのだ。

 チャイムが響き、皆は蟻が巣に帰る様のように急いで席に戻っていく。

泰田先生は適当な性格で、時間にはルーズなのは分かりきっている為、

急ぐ必要なんてないと思うけど、それでも皆は反射的に急いでしまうのだろう。

 僕の予測通り、先生が教室に入ってきたのはクラスメイト全員が席について数分経ってからだった。

「やぁ、みんな遅くなってすまないねー」

 詫びるつもりがないような軽い口調で先生はいった。

「えー今日はLHRのみの日程だけど、委員会を決めてもらうから、

各自自分に何ができるのか、何をしたいのか考えておくようにねー」

 それじゃ、といって先生はクラスを出ていった。

 恐らく最も遅くHRが始まり、最も早く終わるのはこのクラスだろうと思う。

 僕は担任の先生があんな先生で良かったと思う。生徒として気楽である。

 僕は相変わらず朝に弱い。

 腕を枕に意識を手放した。




 始業の鐘の音で僕は意識を取り戻した。

 重い瞼を必死に開けて、教壇を確認するが先生の姿は当然ない。

もう一度意識を手放したい衝動を押さえ込み、僕は身体をなんとか起こした。

低血圧というわけではないはずだけど、それでも夜行性な生活習慣が、

どうしても日が顔を出しているうちに活動することを拒絶してしまう。

 未だにぼやけた視界で教壇を眺めていると、来客を告げるように大きな音を立てて戸が開かれた。

やや汚れた、あまり綺麗とは言えないような服装で、

眠たそうに顔をこすりながら先生は教壇へ歩いた。

「はーい。じゃあ自分に何ができるか、何をしたいか決まったかなー?

取り敢えず司会進行として、まずはクラス委員を決めるからねー。はい立候補どうぞー」

 いるわけがない。

委員会決め、クラス委員に立候補するということは、表立って先生に、

私は真面目な良い子ですと媚を売る事と同義なのだ。

それも旧知と新知いれ交じる新クラス。

そんな中で目立って嫌われるような行動をとる人間がいるはずもない。

「はい!私やります!」

 いらっしゃった。

 興味本位で覗き見る。第一印象は蛇。

髪は長く、目が細い。肌も不健康なように白い。

彼女と目を合わせるのは怖いと、そう印象を持たされる。

 基本的に人と目を合わせるのが怖いと思ってしまう僕だが、

それとはまた別の恐怖を彼女からは感じる。

 彼女が教壇立つ。クラスを細い目が値踏みするように見渡していく。

なぜだろう。不安感と劣等感が煽られる。

「えークラス委員になりました。佐渡鬼子さど おにこと言います。

皆さんよろしくお願いします!」

 凄い名前である。

 分かった。彼女の頭が自分の頭より高い位置にある。

細くて鋭い目は見下しているようなのだ。不安と劣等感の正体はそれである。

「じゃあ、司会進行は佐渡さんに任せるね。あとよろしくー」

 先生は眠そうな表情をぶら下げて、教壇を佐渡さんに譲った。

「はい!では、男子のクラス委員ですが・・・」

 さて、ここで立候補は中々挙がるまい。

当然、男子陣は誰もが沈黙を守りながら、互いが互いを牽制し合っている。

視線がぶつかれば、お前がいけよとテレパシーを送り合っている。

「男子のクラス委員。恵武!やりなさい!」

 立候補ですらない。

「えー・・・僕がぁ?めんどくさいよぉ」

 恵武と呼ばれた男の子は、ゆったりと緩慢な口調で抗議する。

 体型はやや太っているように思える。

怜人や陽人と言ったモデルのような体型に見慣れた為かもしれない。

肥満という訳ではない。少し前に流行ったぽっちゃり系という分類かもしれない。

丸顔は苦い笑みを浮かべている。

 席を立たずに抗議の言葉を選んでいるような煮え切らない少年に、佐渡さんは早足で近づいてゆく。そして、頭に、一発。拳骨で。

 鈍い音がクラスを包む、それも可愛らしい音ではない。

掌で打ったのではなく拳骨で殴りつけたので当然なのかもしれない。

僕やクラスメイトの殆どが引きつった笑みを浮かべて彼に同情的な視線を送っている。

殴られた当人は苦痛に涙を浮かべるでもなく、

理不尽な暴力に怒りを感じるわけでもなく、ただ苦笑を晒している。

「言い訳してないで早く来なさい。あたしに口答えするんじゃないわよ下僕」

 怖い怖い怖い。細く、つり上がった目で上から見下されるのは女性相手とは言え、怖い。

その上寸前にグーで殴られたのだからお墨付きだろう。誰のか知らないけど。

「痛い痛い痛い・・・!」

 今度は耳を引っ張って無理やり立たせ、丸い愛嬌のある顔した少年は教壇に連行されていった。

 強制的に教壇へ立たされた少年は、なおも困った表情のまま、

諦めたように一つ溜息を吐いて口を開いた。

「あー、えーっと、男子のクラス委員になったぁ、

ご存知だと思いますけど、只野恵武ただの えむでーす。頼りないけどよろしくねぇ」

 なるほど、これはコンビになるべきだ。

 少女とはいえ、拳骨で殴られて表情一つ、

眉一つ動かさない男を頼りないと言えるのかどうかはさておき、

委員会決めでもっとも難儀する関門を難なく突破した。

この後は割とスムーズに進むのではないだろうか。

「えーではまず・・・」

「退きなさい」

 ドンッと只野君は教壇から押し出された。

「あんたは黒板に決まった人の名前を書きなさい。まずはクラス委員のあたしとあんた。

体育委員決めるから、それまでに書き終えなさい。いいわね?」

 反論なんてさせるつもりが一切ない早口である。

饒舌の最速連射マシンガントーク。彼女は女王様気質なのかもしれない。

「はい、体育委員。誰か立候補者、挙手」

 これは、女子については一人心当たりがある。

「はーい!私やりまーす!」

 元気よく手と声が上がる。この幼少より聞きなれた声は聞き間違うことはない。

勉強よりも運動が、考えるよりまず行動派の伍茂ちゃんである。

「はい、早速の立候補ありがとう。えーと伍茂さんだっけ?」

「あったりー!漢字分かるー!?」

「分かるわよね?」

 当然。と冷たい氷点下の声色で、脅すように念を押す。

只野君はまた困ったような、これから殴られる事を覚悟するような、

抵抗することを諦めるような顔でごめん、と一言で返した。

「情けないわねぇ。伍茂さん、この馬鹿たれの代わりに黒板に名前、書いてもらえる?」

「はーい」

 伍茂ちゃん自身に頼むあたり、恐らく佐渡さんも伍茂ちゃんの漢字がわからないのだろう。

自分のことを棚上げにして只野君を馬鹿にするとは図太い。

しかし、それが佐渡さんらしいように感じた。

伍茂ちゃんが自分の名前を板書する中、佐渡さんは男子を睨め回す。

睨めているように感じるのは目尻が上がり、その上目が細い為だ。

 佐渡さんは視線のみで訴える。誰か早く立候補をしろよ、と。

体育委員に立候補した女子が伍茂ちゃんのような美少女なのが問題ではないのだろうか。

下手なアイドルでは見劣りするような美少女と肩を並べるというのは、少なくとも僕には重い。

そう感じる男子は僕以外にもいるのではなかろうか。

これを機にお近づきに!と積極的な男子、肉食系男子という奴は近年減っている、

とネットで見つけた記憶がある。事実、立候補者は中々挙がらない。

そもそも体育委員というのは運動を得てとしている人が往々にしてなるものである。

クラスメイトを見渡すと、運動を得意そうなの人はあまりいなかった。

怜人、陽人、宇喜多君くらいように思える。

中々現れない立候補者に業を煮やし、佐渡さんの怒号が響く寸前だったように思う。

一つ手があった。すっと伸ばされた長い腕。細い指。深い紺色の髪。蒼神陽人である。

「ふぅん、漸くね」

 佐渡さんは陽人を一瞥した。陽人と視線が合ったようだ。

また、やはり値踏みするような視線である。しかし、すぐに視線を名簿へと移す。

「名前は、蒼神陽人ね。流石に、分かるわよね?」

 只野君はゆったりと分かるよ、と返事をした。

 珍しいことだ。

 陽人と向かい合う女子の反応は大概決まっている。

頬を赤く染めてそわそわするか。

声と目に色を付ける。

しかし、佐渡さんの反応は淡白に終わった。

伍茂ちゃん以外に、先程挙げた反応意外をするのは三人目だ。

一人は大和さん、一人は安倍さんである。

「えーと、次ね。図書委員」

 威圧的な視線がクラスメイト全体へ注がれる。

 ちなみに、委員会というのは限られた数しか存在せず。

その数は一クラスに割かれる生徒の数には当然満たない。

故に全員が委員会に所属しなければならないという訳ではない。

内申書に関わる事項だが、こんなもので先生への評価を上げるより、

家での活動の方が重要な僕は、帰りが遅くなる委員会活動とやらに参加する気は毛ほどもない。

かといって、このLHRの時間丸々暇になるということではない。

これを機に少しでもクラスメイトの名前を覚えておこうという算段だ。

コミニュケーション能力に乏しい僕でも、流石に一年間友人意外と会話しない訳はないかもしれない。その際一人一人に名前を確認するのは、流石に失礼になるだろう。

 今回は、随分と早く男女、共に立候補者が決まった。

 男女の二人、共に黙って手を挙げた。

 一人は蒼神兄弟の片割れ、怜人である。

怜人は少しでも暇さえあれば本を読んでいる。

読む本は小説に限らず、参考書や伝書、歴史書に料理の本、情報誌等等多岐にわたる。

情報を取り込む事が好きらしい。その怜人が図書委員とはぴったりな配役である。

 女子の方は、失礼ながら幽霊のようだ。

存在が薄い。席は列の真ん中、その上、手を挙げているというのに見つけるのに時間を必要とした。

全体的に眺めの髪は、彼女の顔を殆ど覆ってしまっている。

某ホラー映画の貞○を連想させる。

「早いわね。毎回こうしてもらいたいものね。えーっと、男子は蒼神怜人君ね。恵武」

「はーい」

「女子の方は・・・。えーっと。苗字はなんて読むのかしら?」

 返事はない。どうやら聞こえなかったようである。

佐渡さんも同じように感じたらしく。もう一度、今度はやや音量を上げて問うた。

 しかし、やはり返事がない。

「ねぇ、聞こえてないの?」

 額に青筋を浮かべている。

「くちなし」

 消えゆく蝋燭のようにか細い声であった。

 彼女の声を聞き取れたのは、恐らくクラスの半分もいないのではないだろうか。

僕は自分でも気づかなかったが、思ったより耳は良いらしい。

 聞こえなかったのは佐渡さんも同じなようだ。

それでも口の動きは僅かに確認できたようで、彼女が何かを話したことはわかったらしい。

「はぁ?聞こえない。もう一度」

 喧嘩腰である。内気そうな、というより陰鬱そうな彼女は怖がってしまうだろう。

 そう思ったのだが、彼女は微動だにしない。

 そして、沈黙が訪れる。

その沈黙は徐々にクラス内に浸透してゆき、

近くの生徒と小声で会談をしていた人たちすら黙ってゆく。

まるで、沈黙の空気が病原菌のように感染しているようだ。

彼女は気配が空気のように無いが、影響力は多大にあるらしい。

 いつまでも答えない梔さんに代わりに怜人が口を開いた。

「くちなし。苗字はくちなしだそうだ」

 一瞬、梔さんが嬉しそうな表情をしたように感じた。




 委員会決めは、難航した。

 それでも二時限目まで時間をとっていた為、なんとか一日で終わる事が出来た。

見知った顔としては、大和さんが文化委員になった事は覚えている。

後半記憶が曖昧なのは少し意識を手放していたからだろう。

 放課後。最初の委員会活動があるという。

僕の友人、知人は皆委員会に入っているので帰り道は一人となった。

 正門までの桜並木を歩く。

 春風に似合う爽やかな曲を選び歩くのは気分がいい。

その上昼前に学校が終わるのは気持ちが舞い上がる。

 不意に肩を叩かれる。

 やあ、と人懐っこそうな笑顔を振りまいた榛葉君と竹中君が居た。

イメージするなら仔犬である。お尻のあたりから尻尾が生えていても僕は驚かないだろう。

榛葉君は茶髪なのだが、体型が平均で顔つきが穏やかなので威圧感はない。

「この前は不知が世話になったみたいだね。ありがとう」

 一昨日のことだろう。

 僕は音楽を止めた。

「別に世話したってわけじゃないよ」

「建前さ、建前。それにお礼は俺も言っておきたかったんだ。不知は俺にとって家族だから」

 そう言って竹中君の肩を抱き寄せた。

 しかし、彼らは姓が違う。顔の形も似ていなければ、背格好も差がある。

恐らく、双子ではない。他人が踏み込むには重すぎる事情があるわけではなさそうだ。

 家族のような仲、ということだろうか。

 ふふっ。竹中君が不敵な笑みを浮かべる。どこか色気を感じた。

「そういう意味じゃないよ」

 どう言う意味なんだろう。何を否定されたのだろう。

「俺らルームシェアしてるんだ」

「大阪から出てきて、二人で暮らしてるんだー」

 それで、家族。

「生活費は親が仕送りしてくれてるんだけど、娯楽費は俺がバイトで稼いでるんだ」

「僕は主に家事担当してるよ」

 夫婦みたいな関係だ。

 帰り道は思わぬ二人の乱入によって少しだけ賑やかになった。

「君はバイトとかしてないの?」

「してないよ。父親が月にお小遣いくれる」

 それだけで大概は事足りる。欲しいものが出た場合、

稀であるが臨時にお金を催促する事があるくらい。

そもそもコミュニケーション能力に乏しい僕に、なんのバイトができるというのか。

「榛葉君はなんのバイトしてるの?」

「居酒屋。色んな人と出会えて楽しいよ」

「浮気、しないでよ?」

 竹中君が可愛らしい少女のような顔に少しだけ怒気を混ぜて上目遣いに榛葉君を睨んだ。

これは、冗談だよね?

竹中君は確かに少女に見間違えそうな程、可憐だが、

どこをどうしとうと生物学的には男で、榛葉君も男だ。

 しないよ、と榛葉君は笑顔で返す。まるで新婚生活一年目。

幸せの絶頂のような二人だ。羨ましいと思わないのは二人が男だからだと思う。

 引き攣る顔は上手く隠せたかな。僕はこの手の演技は苦手な気がする。

陽人あたりなら上手くできるんだろう。

「あ、部活とかは入らないの?俺と不知は入らないけど」

 来た、来た、来ましたー!

「絶対に、入らないよ!」

 語感を強めてそう言ってしまった。

「な、何か理由があるの?だって、伊田君さ・・・」

「足、早いんだろ?陸上部に入れば活躍できるんじゃないのか?」

「あー、うん。ごめんごめん。僕さ、他人のために走らされるの、嫌いなんだ」

 思い出される中学の記憶。

 あの時、僕はまだまだ熱い少年だったように思える。

 走ることが、好きだった。

 中学一年、体力テストを終え、陸上部に所属した僕。

僕の足は、教師陣からは期待と羨望の、同級生や先輩からは嫉妬の対象でしかなかった。

緊張に弱い僕は、その多大な期待の重さと陸上部の人間からの嫌悪に耐えられなかった。

公式で結果が残らず、それでも練習では結果を残してしまい、レギュラーの座には座らされた。

陸上部員の嫌がらせが激化し、脚を怪我したことさえあった。

あんなのは、もう嫌だ。

あんなことになるなら、僕は走らない。

僕は、僕のためだけに走るんだ。

「え、じゃあ僕の為に走らされた時はよかったの?」

「あーあれは、下心」

 あの時は竹中君が女の子にしか見えなかった。

 それに、

「竹中君達が同じ学校で、同じクラスだとは思わなかったから」

 呆れられた。

 二人は珍妙な生物を見るような目で僕を見ている。

「まぁ、君らしい」

「まぁ、伊田君らしい」

 僕らしいようだ。

「ところでさ、今日暇かな?」

 暇といえば暇だ。なにせ帰ったら眠くなるまでアニメをみてラノベを読むくらいだ。

 素直に答えると、二人は笑顔を輝かせた。

「じゃあさ!一日僕らとバイトしてみない?」

 僕は、竹中君に弱いらしい。

 男だと分かっていても、可愛い子の申し出を断れないようだ。




 僕は今、竹中君と榛葉君に連れられてとある神社の前に呆然と佇んでいる。

 バイト先はこの神社だそうだ。

「ここって神社だったんだ」

 僕は独り言のつもりで呟いた。

 しかし、思いの外声は通り、二人はまたもや信じられない物を見るような目で僕を睨む。

どうやら僕は二人から見ると相当な常識はずれのようだ。

「鳥居があるじゃない」

「それがあると絶対神社なの?」

「そう」

 無機質な声色が答えた。

鳥居の奥の階段を、奇妙な服装を着た安倍さんが降りてくる。

 歴史の教科書か何かで見たような記憶があるが、名前が出てこない。

 上着は袖口が腰辺りまで広くなっている。

さらに紐が通してあり、巾着のように締めることができるようだ。下には袴を履いてる。

 黒い上着に灰色の袴。そしてその古風な上着には白い線で円形の縁が描かれ、その中に、星の紋様。

「これは、五芒星」

 僕の視線に疑問が浮かんでいたようだ。それに答えるように安倍さんは語った。

「安倍晴明の紋様」

 安倍晴明とは、平安時代に名を馳せた陰陽師だったはず。

 そうだ、安倍さんの字は、安倍晴明と同じ。

「そう、私は安倍晴明の末裔」

「え、そんな、本当に?」

 安倍さんは頷く。

 まだ信じられなくて、意味も無く竹中君と榛葉君に視線を送る。

「家系図があるらしいよ。信じるかどうか伊田君次第だけど、僕は信じるよ」

「俺も同じく。彼女が嘘を付くような人に見えないしね」

 知り合って間もないけど。そう榛葉君は付け足した。

 僕も疑う理由はない。

「では、掃除の手伝いを」

 今日のバイトはこの神社内の掃除だそうだ。

少し前に関東を襲った豪雨、その際にこの神社内も大分被害を受けたそうだ。

 その後片付けを中々やる暇がなく、午前中に授業が終わったこの日、

一気に片付けてしまおうという算段だ。

 安倍さんに神社内の説明を受けながら、参道、鳥居の内側、結界内にある道のことらしい。

その参道を外れて、納屋、物が収容されている小屋へと向かう。

 神社内は大分荒れていた。

 地面を見れば、折れた枝や葉が視界の隅々まで散乱し、歩くたびに踏みつける感触が足の下に残る。

 確か、あの時の豪雨の際は風も強かった。

 まるで嵐のようだった記憶がある。

 安倍さんが箒を配り、僕らは掃除を始めた。

 散らばった枝や葉を一箇所に纏めてはゴミ袋に突っ込んでゆく。

 箒で枝や葉がはかれる音のみが聖域内に響いている。

 静かだ。箒の音が喧しく感じるくらい静かだ。

 まず、榛葉君は仕事に臨む姿勢は真面目そのもので、寡黙に熟していく。

 竹中君は無口というわけでもなく、僕のようにコミニュケーション能力が乏しいわけでもない。

 が、仕事をする際、手を止めてまで饒舌になるような不謹慎なキャラでもないみたいだ。

 安倍さんに至っては、常に機械的な無表情の人なので、言うまでもない。

 気まずい。

 知り合ったばかりの人物と、一切会話がない空気というのは、僕には辛い。苦しい。

 僕にコミニュケーション能力がないと責められている気分になる。

 こんな時、掛ける言葉を知らない。

 そもそも言葉を掛けるべきなのか?

「そ、そういえばさ」

 苦し紛れに吐いたのは、素朴な疑問。

「この神社って、安倍さんがその、一番偉い人なの?」

 そんな訳はないだろう。頭では分かっているが、

僕のような話題のれレパートリーが少ない人間が他人に振れる話題なんてこれくらいなのだ。

 安倍さんの手が止まり、僕を眺めた。

 相変わらず、無機質な無表情のままだ。

 それは返事に困っているようにも見えるし、馬鹿な問を投げた僕を軽蔑してるようにも見える。

「宮司は兄。私は、禰宜。」

 専門用語が出てきた。何が何なのか分からず困惑する。

 取り敢えず分かったことは、安倍さんには兄がいるということだけだ。

 僕の消化不良に気づいたのか、安倍さんは続けて語った。

「宮司は神社の代表者、禰宜はその補佐」

 なるほど、阿部さんのお兄さんはこの神社の代表者、わかりやすく言うと店長のようなものらしい。

「そのお兄さんは、今いないの?」

 雨が止んで、神社がこの状態で放置されて大分経っている。

「兄は他の仕事で出張中」

「他の仕事?」

「お祓い。祈祷師、陰陽師とも言う」

 完全に別世界の人間だ。理解がついて行けない。

「安倍さんに兄弟がいるなんて知らなかったなー」

「自分のこと、全然話してくれないからな」

 それどこか、口すらあんまり開いてくれない。そう榛葉君は結んだ。

 二人は口を動かしながらも掃除を続けている。

安倍さんも同様で、手を止めているのは僕だけだった。

 掃除を再開し、榛葉君と竹中君が自分の身の上話をしながら掃除するのを、遠巻きに聞く。

 少しでも話してくれたお礼と言わんばかりに語る二人の顔は、少し嬉しそうだ。

 彼らの空気を、恐らく打ち解けているというのだろう。

 僕は、あれに混ざる事ができない。混ざりたいと思っても、できないのだ。

 こういう時、僕は常に受身になる。

 伍茂ちゃんの時も、怜人と陽人も、宇喜多君も、みんな僕から歩み寄った訳ではない。

 みんな、向こうから歩み寄って、打ち解けてくれたのだ。

 安倍さんは、僕と同じようにあまり喋るキャラではない。

 それでも人が集まりやすいのは、恐らく纏っているオーラなんだろう。

 僕は周囲を拒絶しているような負のオーラを出してる。

 僕の長すぎる前髪は視線を合わせたときに相手の目を見ないように、

自分の目を見られない為のカーテン。

 僕が朝は弱いと言って眠ったり、面白いからとラノベを読んでいたりするのは、

話しかけるなとコミニュケーション能力の欠如を隠す為のカモフラージュ。

「悩んでいるな、少年」

 首筋に掛かる冷たい吐息に思わず身体を震わせる。

 振り向くと、口にタバコを加え、手にはコンビニのレジ袋をぶら下げた、

甚平姿の大和さんが気怠そうに僕を見下ろしている。

 この人は、人の後ろから気配を消して声を掛けるのにハマっているのだろうか。

 僕が軽く抗議の目で睨んでいると、大和さんが僕の頭を乱暴に撫でる。

「おーい」

 吐き出した言葉とは裏腹に、声量は大きくない。

 それでも声はよく通り、三人は振り向いた。

「お前さん達は昼飯を食ったのかー?」

 言われて思い出したけど、食べていない。

 お昼も食べずに僕らは此処へ向かったんだった。

「ほれ、差し入れだ」

 腹が減っては仕事はできぬと言う。やや語弊があるだろうけど、僕らは差し入れに飛び付いた。

 おにぎり三つにサンドイッチが三つが袋には入っていた。

 大和さんはお昼を既に食べてしまっているらしいので、僕たちは一つずつ選んだ。

 阿部さんが本殿と説明してくれた施設、その前にある石段に皆で座り、遅めの昼食となった。

僕はおかかを頬張り、僕の下段に座る大和さんはタバコに火をつけた。

 もっとも風下にいる大和さんの煙は僕らに届かない。

片足を組んでタバコを吸っている大和さんは大分様になっている。

「未成年でタバコなんて、随分と悪だねぇ」

 竹中君が茶化すように言った。

「御上にバレなければいいのさ。嘘も突き通せば真実と同義。それと同じ」

 違う気がする。

くるかい?」

 少しだけ愉しそうに口角を上げて、大和さんは言った。

「いやぁ、得しない事はしない主義なんだよねー」

 告ればお米三キロでもくれるなら考えてもいいけどね。例えに選ばれたのが米とは、家庭的である。そういえば、家事は竹中君が担当しているんだっけ。職業病ってやつかもしれない。

 おにぎりを食べ終わり、サンドイッチを胃袋に放り込み、僕らは掃除を再開することにした。

 各々箒を手にとって石段から立ち上がる。

 僕は立ち上がらず、三人の楽しそうな後ろ姿を眺めていた。大和さんもまだタバコを吹かしている。安倍さんの表情だけは相変わらずだが、それでも心なしか浮かれているように見える。

「少年はいかないのか」

 大和さんが煙とともに疑問を吐き出した。

 僕は、戸惑っている。あの輪にスムーズに紛れる気がしない。

一滴の黒い絵の具が純白の絵の具に混ざると、それは純白でなくなってしまう。

 僕が、あそこに混ざることで、あそこの空間は壊れてしまうのではないか。

「一つ問う。あいつらは友達同士に見えるか?」

 僕の嫌いな問いだった。万人共通の答えが出るはずもない質問だ。

明確な正解が存在しない問いは不親切で不条理に感じる。

 僕の答えは、わからない、だ。打ち解けてる様子を見れば友達と思えなくもない。

しかし竹中君たちと安倍さんは知り合って数日も経っていないのでまだ友達ではないとも思える。

 やはり、わからない。

「友達、だと思うよ」

 絞り出すように吐きでたのは、大和さんが望んでいると思った答えだ。これもまた逃げの一手。

逃げるが勝ちとも言うが、この場合はただ卑怯なだけだと思う。

「そうか」

 大和さんは新しいタバコに火をつけた。

「私にはわからないがな」

 大和さんは三人を見つめながら言った。

「友情だとか、友達だとか、人によって定義が異なる曖昧な言葉に、

明確な線引きをしてしまうからややこしいんだ。

そういう言葉には適当で曖昧な定義を付けてしまえばいい」

 例えば、と大和さんは続ける。

「こっちが相手を友達だと思ったら友達、とかさ」

 それは、随分と極論。もし一方通行の片思いだったら、虚しいことになる。

 目は口程にものを言うという。

 大和さんが僕を見つめている。見えるはずのない僕の瞳を。

前髪の奥、瞳の奥、さらにその奥の脳内を見透かされているような感覚。

僕の思考が読まれてゆくのを感じた。

「まぁ、戸惑うのもわかる。しかしな、少年が最近よく連れている、

金髪で頭の軽そうな少年を思い出してみろ」

 宇喜多君のことだろう。酷い言い草ではあるが、的を得ているので反論はしない。

「あの少年とは友達であろうに。知り合って間もないというのに。良い例だろう」

 そうだ。宇喜多君とはいつの間にか親しくなっていた。

そう接するのが普通であると感じられた。お互いに黙っていようが重苦しい空気にはならない。

 それは、宇喜多君と僕が友達だという証。

 だとするなら、やはり三人とはまだ友達ではないのだ。

「まだ納得できないようだな」

 大和さんはタバコの火を指で消し、携帯灰皿の中へ突っ込んだ。

「まぁいいさ、実感する方が早い」

 大和さんの視線は談笑しながら掃除を進める三人に向けられた。

もっとも、安倍さんは相変わらず表情を動かしていない。

「ほら、立て」

 僕の後ろへと移動した大和さんに両脇を支えられ、僕は無理やり立たされた。

「え、うわっ!ちょ・・・」

 まるで大人と小学生のような構図に、僕は顔が熱くなるのを感じた。

 そら、と同時に背を押されて僕はつんのめりそうになりながら、石段から追いやられた。

「あまりあいつらを待たせるな」

 箒を手渡され、僕は三人の方を見る。

 三人は僕らを窺うように眺めていた。

 竹中君が細い腕を振る。橋場君が早く来いと催促する。

安倍さんは不思議そうな顔でただじっと僕を見つめている。

 見ようによっては僕を待っているともとれる。

そう思えるのは、大和さんの御蔭かもしれない。

 気の持ち用次第で、変われるのかもしれない。

 僕の視界が少しだけ明るくなったような気がした。


ほんの少しだけ意識改革。


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