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観聞噺  作者: 五位鷺
第二章 楽しんで地獄へ行くか、苦しんで極楽へ行くか
9/11

第九話 薬師 識

 十五時。八ツ時、つまりはおやつの時間。

 (めぐる)さん、お(りょう)さん、そして僕は、縁側でお茶をしていた。

 お茶請けはキウイフルーツのゼリー。緑茶とは合わないだろうに。

 だが、これがまた美味い。合わないけど。訊けばお涼さんの新メニューだそうだ。

 巡さんはもう食べ終わっている。気に入ったのだろう。

九十九(つくも)君。白澤(はくたく)って、知ってる?」

唐突に巡さんが言った。

 視線は明後日の方向。

「何です? その……」

「白澤。中国に伝わる、神獣よ。牛と獅子を掛け合わせたような胴体に、顎鬚を蓄えた虎と人を掛け合わせたような顔、顔に三つ、胴体に六つの目と、額に二本、胴体に四本の角を持った姿でよく描かれる。白澤はとても聡明で森羅万象に通じ、薬や鬼神の知識を豊富に持っていると伝われているわ」

「で、それがどうしたって言うんですか?」

「この町でかなりの目撃情報が挙がったのよ」

「……え!?」

実在するのそれ。

 ああ、(あやかし)として、か。それなら納得できる。

「多分九十九君の考えはハズレよ」

「……!?」

「白澤は、白澤として、この世に実在しているのよ」

巡さんはお茶を啜る。

「つ、つまりそれは!?」

「哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類、魚類、その他もろもろ、その種以外に、“白澤”は存在しているの。妖のような不定形で不確かであやふやな何かでは無いのよ。白澤は白澤という唯一無二の存在で、今現在も、存在している。動物でも、生き物でも無い、白澤という、存在として」

「白澤という存在……」

本当に、いるのか。

 本当に。この世に。白澤は。

「ま、それはまた後でお勉強することにして。お涼、お茶とゼリーおかわり」

話を逸らす。

「はい、諒解したのです。すぐに持ってくるのですよ」

お涼さんは台所へと忙しく歩いていった。

 ふと。

「九十九君。貴方、何か私に報告する事があるんじゃないの?」

僕を見ず、巡さんはそう言った。

 何もかもお見通し、というわけでは無いだろうが、僕が隠し事を(ただ言い忘れたのだが)していることは分かっているようだ。

「そ、それは」

「病院? 住宅街? いや、川……利根川で、遭ったわね?」

見事に、見抜かれる。最初から知っていたかのように。やはりお見通しなのか。

 よくよく考えれば、あの時の行き先を巡さんは知っていたから、推測なのだろうけど。

「ねえ九十九君。貴方は一体何を見た?」

口篭る。いや、絶対的に言うべきなのだけれども。

「……じゃあ、何に遭ったかは訊かないわ。でも、その時の状況だけでも教えて。例えばそこに人が何人居ただとか」

「……人?」

僕はある事に気づく。思い出す。

 あのとき、人がいたはずだ。

 そりゃそうだ。いくら年末とは言ったって、人通りが無くなるような道ではない。

 なら、なぜ。

 なぜ誰も、あの化け物を見ていないんだ!?

 見ていなかったわけではないのだろうか。いや、でも、普通一般、アレを見て、平常でいれるのは、巡さん達のような専門家だけだろう。

 だのに。

 ニュースになるくらいの事だと言うのに。なんで。

「なんで誰も、誰もあの牛のような鬼のようなあの異形を見ていないんだ!?」

つい、口に出していたようだ。

 巡さんは、一瞬驚きの表情をしたものの、すぐに真顔に戻る。

「ふむ。牛のようで、鬼のような、妖か。それも、九十九君以外誰も見ていないのね……ふふ、良くぞ言ってくれた。よしよし、偉い偉い」

まるで小さい子どもを褒めるかのように僕の頭を撫でる巡さん。僕はその手を直ぐに払い除ける。

「頭を撫でないで下さい。僕は十四歳です」

「なに、いいじゃないの。反抗期はまだ来なくていいわ……でも、今の九十九君の決心はきっと沢山の人を救う事になるわ」

考えてることを呟いちゃっただけではあったが。

「お涼!! 一寸来なさい!!」

大声でお涼さんを呼ぶ。

「ふふぇ!? あわわわすみませーん!!」

大慌てで走ってくるお涼さん。勢い余って転ぶ。

 にしたって、何を慌てていたのだろう。

「大丈夫?」

「あ、はいです。で、何ですか? お茶とゼリーは……あ、忘れてた」

数分前に取りに行って、すっかりそのまま忘れていたらしい。

「……ああ、もうそれはいいわ。それよりも、和泉(かせん)に伝えておいて貰いたい事が―――」

二人は奥で何やら重要な話をしているらしい。

 僕は見習い。一応見習いなのだから、一寸くらい、入れてもらいたい。

「―――じゃあ、頼んだわよ」

「諒解なのです。で、(はじめ)くんはどうします?」

「九十九君は……九十九君、貴方は自宅待機してて。明日は部活無いでしょ?」

「あ、はい」

待機、ですか。不満は無い。だって見習いですから。

 巡さんに訊いた話では、見習いは基本、妖と対峙してはならないらしい。あくまでも自分よりも上位の人間に頼り、そのサポートに専念すること。ここで言う上位というのは、経験が、だそうだ。

 見習い期間は人によってバラバラで、短くて一、二ヶ月。長くて一年だそうだ。意外と短い。

 妖、という区分については、後々述べると思う。誰に話してるんだろうか、僕。あ、読んでる人達か。

 まあ、そんなこんなで見習いの僕は、自宅待機。巡さんは何やら調べもので忙しくなるらしく、逐次連絡を入れるから、らしい。連絡は、携帯電話では駄目とも言っていた。だから家に居ろと。巡さんが携帯電話を所持していない事にも、何らかの職業上の理由があるのだろう。

 因みに、お涼さんも自宅で待機。というかいつも通りだそうだ。

 僕は、こうして見習いで初仕事、自宅待機を始めた。

 まあ、家でのんびりしてても良いとの事だったので、お涼さんの手伝いをしながらのんびりとやっていて、一日を終えた。夕飯は、カレーライスであった。






 十二月三十一日。今年最後の日、大晦日である。

 僕は再び自転車を走らせている。理由は単純明快、買い物だ。

 家にはお涼さんが居るし、大丈夫だろうと、お涼さんに頼まれた。

 僕が来る前は、下手に動けなかったらしい。

 とりあえず、いつものスーパーで買い物を済ます。と、いうか昨日も買い物したよな、お涼さんに頼まれて。あれ?

 と言うのも、昨日はゼリーの材料(ゼラチンが切れていたとか)で、今日は普通に買い物だそうだ。昨日のうちに全部済ませておけば良かったというのに。

 まあつべこべ言っていてもしょうがない、という事で、僕は買い物に来ていた。というかもう済ませたのだが。

 その帰りに、僕は、やはり第三公園に来ていた。

 そしてやっぱり、昨日のように、小さな子達が一箇所に集まり、青年が読む話を聞いていた。

 僕は昨日と同じように、遠くのベンチに座り、双眼鏡をバッグから取り出す。

 レンズを覗く。

 青年は、グレーのパーカーと青の一般的? ジーパン、スニーカーという、まあ言い表すならば、普通、な格好であった。

 その普通の青年が読んでいる、読み聞かせている本に目を向ける。

 題名は……『竹取物語』か。今は昔、竹取の翁といふ者ありけり―――。で入るのか……。

 小さい子はそれで果たして楽しいのか。

 むかしむかし―――。で入ったほうがいいんじゃあないのか。

 まあ、いっか。

 僕は双眼鏡をバッグにしまい、帰ろうと自転車を置いた場所に向かう。

 何分小さい公園で、駐輪場なんてものは無い。

 自転車のキーを外し、サドルに跨ろうとした時、後ろから声を掛けられた。

 さっき読み聞かせをしていた青年だった。

 双眼鏡で見てたのがバレたか。というか僕は何で見てたんだよ。

「やぁ、こんにちハ」

「……どうも」

「ボクぁね、薬師 識(やくし しき)っていうの。君は?」

強引に自己紹介してきた、えと、薬師さん。

 まあ、自己紹介されたからには、こっちがしない訳にもいかないので。

「僕は九十九 肇といいますが……」

「ほぅ、九十九神クんか。それは何とも馬鹿げタ名前だ」

「九十九 肇です」

「おお、これは失敬失敬、九十九神クん。にしタってぇね、99と1なんて、随分な言葉遊びだねぃ。ま、何だか君とハ馬が合いそうだからさぁ、今後ともよろしク」

薬師さんはカラカラと笑う。何ともふざけた人だ。いや、不審な人だ。見た目は印象に残るか残らないか程度の感じなのに。中身が。

 そして僕は絶対に、この人とは馬が合いそうに無いと思う。

「だってぇ、九十九神クん、ずうっとボク達を見ていタじゃんか。てっきり、その手の変態かと思って」

「貴方がその手の変態だということは理解しました」

「んぇ? 何言ってるのさ、ボクは別に、七歳以下の幼女にしか興奮しないとか、そんなんじゃないって」

はっきり言って、嘘にしか聞こえない。

「だってボク、二十歳ぴっタしの女性にしか、ときめかないし」

「好みが異様にマニアック過ぎだ!!」

規格外のマニアックさだ!!

「だからさあ、交際してても彼女の次の誕生日には、もう別れちゃうんだよね。本当に、参るよ全く」

やれやれ、という感じで首を振る薬師さん。

 参るよ全く、と思っているのは絶対に相手側の女性だと思うが。

「……で、その、薬師さんはボクに何か用が?」

「え? 用が無いと、見知らない人に話し掛けちゃ駄目なのかな?」

「もう、いいです……」

非常に、疲れた。

「そうだ、読み聞かせを聞いてクれてタ子達には、美味しい水飴をプレゼントするんだけれども、九十九神クんには特別に、ボクが独学で訳した旧聖書をあげよう。丁度、ノアの方舟の部分だけだから」

そう言って、薬師さんは、薄っぺらい、ノートの紙で作ったような紙束を僕に手渡す。

 何これ気持ち悪い。というか怖い。

「それじゃあまタ会おうじゃないか、九十九の肇クん」

そう言うと、薬師さんは歩いて去って行った。

 ホント、嵐のような、変な人だった。見た目と中身のギャップが激しすぎて、嫌悪感さえ覚える。

 とりあえず、僕も帰ろうかと今度こそサドルに跨る。

「あら、肇くん。家に居なさいって言っておいたはずだけれど?」

今度は巡さんがいた。

 僕はお涼さんに買い物を頼まれたという経緯を話す。

「……ったく、お涼も何でまとめ買いを覚えないのかしら。毎日毎日買い物に行くなんて、馬鹿らしいにも程があるわよ」

それは同意する。

「まあいいわ。丁度、九十九君にも確認をとりたかったから」

「何の、確認ですか?」

「貴方が見た、その、牛のような鬼のようなのについてよ」

「ああ、それですか」

他のことばっかりで、その話題をほとんどしていなかった。

「まあ、九十九君から聞いたときに、大体の見当はついていたのだけれど」

巡さんは、くるりと後ろを向いて、歩き出す。スタスタと、足早に。

「あ、あれ? 巡さん、ちょっと!」

僕も慌てて追いかけた。






 巡さんは、カップに注がれたブラックの珈琲を飲む。

 和服の姿には似合わない、タルトも口にする。

「……あら、九十九君。そんなに畏まらなくとも、今日は私が奢るのだから、遠慮せずに食べて飲みなさいな」

「は、はい……」

僕は不慣れな手つきで、珈琲を飲む。

 巡さんと一緒のタルトも、やや恐縮しながら口に運ぶ。

 美味いし甘い。

 あの後、巡さんのあとについて行って来たのは。この喫茶店。

 シック……というか、大人の雰囲気と言うべきこのお店の、窓際の席に座っている。

 店内には聴き慣れない、外国の音楽が流れている。

 僕のような、中学生が入るお店では決して無い。

「九十九君」

不意に巡さんが話し始める。

「九十九君が見たのは、“牛鬼(ぎゅうき)”ね。主に水辺……というか、淵に現れるわ」

牛鬼。文字の通り、牛と鬼。

「牛鬼は未だに、どういう理由で生まれるかが判っていないのよ。つまり、人のどういう部分に反応して、凝固して、募って、牛鬼になる経緯が。悲しみで生まれるのかも、勘違いで生まれるのかも、何もかもが、判っていない。ただ判っているのは、人間を襲うということ。それだけなのよ」

巡さんは窓の外を見ながら言う。

 経緯が判らない。つまりは、妖を形作る式も判らないということに直結する。らしい。

「ただ、九十九君が遭った牛鬼が、自然に生まれたものではなく、誰かが、意図的に生まれさせた、ということは判ったわ」

「誰かが、意図的に……!?」

妖は、個人や無差別な集団の過剰なストレス、トラウマ、劣等感などが、本人から離脱し、凝固し、ある存在意義を持って動き出す。それが、妖。

 だけれど、巡さんと初めて出会ったとき、確かに人為的に作られるとも言っていたような。

「意図的に、何かしらの目的を持って。しかも、一から作るんじゃないの。個人の、まだ小さなストレスやら何かを、無理矢理に増強させて、生み出させるのよ」

巡さんは残っていたタルトを一気に平らげる。

「ふう。それじゃ、九十九君も、何か不審な人を見掛けたら、すぐに連絡して頂戴。あ、警察に連絡するべきか、普通に不審者だったら。なんて」

巡さんは立ち上がる。

 不審な人……ね。

 いたよね、今さっき。

「めめ、巡さん。ちょっと待ってください」

「んぇ? 何よもう」

不機嫌な顔をして、再び座る巡さん。

「いました、不審な人がしっかりいました」

僕は、第三公園で出会った、不思議で怪しい薬師 識さんについて、巡さんに報告した。

「―――ということなんですが……巡さん?」

巡さんは、頬杖をついたまま、ぽかんと口を開けていた。

「……九十九君、気づかなかったの?」

「え?」

何に、気づかなかったというのか。

「気づかないって……何にです?」

僕がそう訊くと、巡さんは頭を抱えて、はあ、と大きな溜息を吐いた。

「九十九君、その、薬師という人が読み聞かせていたの本は何だった? それと、君が貰ったその手作りの本」

「最初に見たときは……」

ハーメルンの笛吹き。

 今日見たのは、竹取物語。

 貰ったのは、旧約聖書より、ノアの方舟の部分。

「よく考えてみなさいな。共通点があるから」

「共通点……?」

全く以って、解らない。

「……解らないです」

「そうだと思ったわ」

呆れた顔をする巡さん。

「んじゃあ答え合わせ。ハーメルンの笛吹きは、子どもを連れ去る。竹取物語は、かぐや姫を連れ帰る。ノアの方舟は、民や動物を、連れて行く。気づいたでしょ?」

「全部……何かを持っていく、連れて行く、物語……!?」

今思えば、そうだ。そうだった。

「さらに。笛吹きは角笛を吹く。月の使者は牛車で来る。ノアの方舟は、そのままの通り、舟。この三つにも共通する項目があるわ」

「それは……」

「ふふ、解った。判ったわ。九十九君の報告は、充分に役立ったわ。九十九君」

巡さんは静かに立ち上がる。

「君の初陣よ」

優しそうに、微笑んだ。

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